第16回教育最前線 – 国内の塾におけるEdTechの価値事例 「超個別指導塾まつがく」編


日本国内の教育においてEdTechはどんな価値があるのか、塾の皆様にインタビューしながら探っていく新シリーズを始めます。第1回目は、長野県を中心に34教室を運営する「超個別指導塾まつがく」の林部一成社長にatama+ EdTech研究所主席研究員の森本がお話を伺いました。


生徒が夢をかなえられるよう、もっともっと学力を伸ばしたかった

「超個別指導塾まつがく」では「夢に、地図を。」を合言葉に、生徒が強い心でゴールに向かい夢をかなえるためのサポートを行っている。元々は講師1人に生徒2~3人の個別指導スタイルだったが、2019年にEdTech教材としてatama+(アタマプラス)を導入。現在は全生徒がatama+を使って学習している。

「講師がどれだけ頑張って生徒と向き合っても、学習の手が止まってしまう生徒がいたのです。個別指導と言ってもその日に教える内容がその生徒に最も適しているかと言えばそうではない時もあります。難しすぎて手が止まる生徒、早く終わってしまい先生が来るのを待っている生徒の両タイプがいました」

林部社長は元々、従来の個別指導スタイルに対して課題意識を持っていたと振り返る。もっと良い教育を生徒に提供しようと、自社で教材開発をしていた時代もあったそうだ。

「導入後、生徒の学習の質と量の両方が向上しました。これって最高ですよね。必要なさかのぼりもできるし、先に進むことだってできる。今では小5で中3の内容をやっている生徒もいます。レアケースではありますが、紙を使っていた時代なら少なくとも小5に中3の内容を指導するという発想になりません。反対に、さかのぼる必要がある中学生に小学生の紙テキストを渡して指導するのも、生徒本人のモチベーションや周りの生徒からの視線を考えると難しかったのです」

学習の質だけではなく量も向上した。まずは授業中に待っている時間や止まってしまう時間が少なくなり、同じ1コマ80分でも解く問題数が増加した。そして “週に1コマ〇〇円” から “定額で通い放題” に運営自体も大きく変化させた。

「生徒によって理解・習得するまでに必要な時間は異なります。また夢も目標も生徒によって様々。ならば時間も生徒によって最適化すべきと考え今の定額とことんやりきり指導にしました」

 

まずは自分たちが使って「生徒の気持ち」になることから始めた

これだけ大きな改革を行ってきた同社だが、改革の第一歩として全社員がatama+を使って高校数学を1カ月間学習することから開始したそうだ。

「私たち世代はテクノロジーを使って学習した経験が無いので、まずは自分たちが生徒の気持ちになって学習する経験が必要だと考えました。特に難易度の高い分野に取り組むことで生徒の気持ちが分かります。

具体的にはまず1カ月で数学IAを最後までやってもらいました。そうすることで教材の良さが分かります。『1カ月で終わるはずがない』、『生徒には難しすぎる』と言っていた社員が、自分で学習することで『良い教材ですね』と言うようになったんです。説明を聞いて少し触った段階では反対していた職人肌の社員も、1か月後には『嫉妬しました』『食わず嫌いはダメですね』と話していました。

講師の中にはEdTechに対して『自分の役割が奪われるのではないか』という気持ちになってしまう人もいます。説明を聞いただけでは教材の理解はできても、気持ちはついていきません。これは仕方が無いことだと思います。EdTechを使いこなすには、頭で理解し気持ちも追いつくための “本人が体験する” 過程が必要なのだと実感しました」

 

自分にしかできないことは何なのか?理念を軸に行動する

EdTechの理解と並行して、全社で理念を意識するための取り組みも実施した。理念を言語化するワークショップに全社員が参加。喧々諤々の議論を通じて、「夢に、地図を。」という合言葉が生まれた。今では何か議論が起きるたびに「夢に、地図を。」に沿っているかどうかを軸に社員が判断する文化になっているという。


「自分たちの行動が生徒の夢をかなえることに繋がっているかが大切なのです。講師が教えるよりもEdTechの方が生徒の学力向上に寄与するのであれば使えばいい。EdTechはツールなのです。病院の名医達が、あらゆるツールや検査機器を使いこなしているのと同じです。人間がツールと競争する必要は無いのですが、自信や経験がある講師ほど抵抗感が強いものかもしれません。このフェーズを抜け出して、トータルでより良いサービスを提供しようという発想になることが重要です」


EdTechを使いこなすには、生徒の情緒を理解することが鍵

では使いこなすためにはどんな運営が求められるのか。鍵は生徒の情緒のサポートにあるという。同社は、生徒が正しい方法で学習するために、情緒に寄り添うことを徹底している。

「学力向上のための論理はEdTechが提供してくれます。でも子供は感情の生き物。苦しいとやりたくなくなってしまいます。そこをなあなあにしたり、EdTechを悪者にしたりすると学力は伸びません。しかし、正論でぶつかっては前向きに取り組んでくれない生徒も多いでしょう」

生徒に投げかける言葉は、講師本人が体験しているからこその表現になるという。授業を見学すると、苦しんでいる生徒に対して「分かる!そこの単元は大変だよね」「先生もそこまで戻されたなぁ」などと自分の経験を活かした共感コメントを自然と使っていた。共感してもらえると生徒は心が軽くなり、心が軽くなれば再び学習に戻ってゆく。

「そこをやらなければいけないことは生徒も分かっているのです。ただ、学習していれば辛い時もあります。EdTechだと生徒は『辛い』と講師に言いやすい。教えてくれている生身の講師に『分かりません』とは言いにくいのですが、EdTechに対してならば忖度なしに言えます。なのでEdTechを使うと生徒の感情の浮き沈みが分かりやすくなります。この浮き沈みにシンクロできるかどうかが鍵です。」

また、勉強に限らず将来の夢や部活動についての悩みも話すそうだ。

「コーチングは人間としての幅が求められる奥深い世界ですので、社内でも皆で研究し続けています」


生徒の夢と、とことん向き合える教室へ

改革の変化は教室内での生徒との対話に表れている。

「以前は『上手に教えよう』と考えながら仕事をしていた社員が多かったと思います。しかしティーチングの大部分をEdTechに任せられるようになったので、今は『生徒の人生が良くなるには』という発想で仕事をする時間が圧倒的に増えましたね」

発想が変わったからこそ、生まれた対話がある。

「ある生徒が入塾相談でやってきました。志望は工学部。でも話を聞いてみると工学部の何になりたいのか何も言えない。おかしいなと思い、掘り下げて対話しました。そうしたら『本当は医者になりたい。でも今の実力では何も言えない、通っている高校から医学部に進学する先輩もいません』と。『夢があるのなら覚悟を持つしかないよね。ここから作り込むぞ』と、生徒の夢をかなえるための日々が始まりました」

この生徒は現在、共通テスト過去問・数学IAで98点まで仕上がっているそうだ。

生徒の人生を考える対話が増え、夢と向き合う生徒が増える。夢と向き合う経験は、生徒にとって一生の財産になるのだろう。

 

【5つのQ&A】EdTechの導入でどう変わる?

Q EdTechの一番の効果は何ですか?

A 学力向上です。学習の質も量も向上しているので結果も変わってきます。保護者からも好評です。送り迎えは大変だと思いますが、子供が満足して勉強している姿にご満足いただいているようです。他にも「自分のペースで学習できること」と言っている生徒もいます。

Q 生徒と先生の関係はどうなりますか?

A ありがたいことに、今まで以上に感謝の言葉をもらいます。ティーチングをしていた時間が、生徒との本質的な会話をする時間に変わっていますので、「より深いところを相談できている」と思ってくれている生徒が多いようです。

Q 導入前のご自身にアドバイスをするとしたら?

A 正直ビビることもありましたので(笑)、「この方向性で正しいよ」ですかね。また、学習できる回数や時間を制限しない設計を最初から作れるようにアドバイスしたいです。

Q 今後のテーマは何ですか?

A 永遠のテーマかもしれませんが、生徒により良い指導をできるようにするための研究です。EdTechを導入することによって人間に求められることがシャープになりますので、人間の幅を広げていくことが求められています。

Q EdTech導入で失敗するとしたらどういったケースが予想できますか?

A 本人が十分な教材研究をしないまま生徒にやらせてしまうパターンが多いのではないでしょうか。講師に経験がないので紙教材よりも教材研究が必要です。社員だけではなく非常勤講師も同じです。私自身も今でも触り続けていますよ。きっと社内でも上位5位には入るくらいだと思います(笑)

2021年11月30日