第25回教育最前線 – 国内の塾における EdTech の価値事例「練成会PLUS」編

日本の教育において、これから EdTech はどんな価値を持ちうるのか? 日々子どもたちに接しながら、実践の中で EdTech の効果を体感されている塾が数多く存在しています。それらの教育関係者のみなさまにインタビューしながら EdTech の可能性を探っていく本シリ ーズ、第 6 回は、1977年に創業し、北海道・東北に多くの教室を展開する学習塾「練成会グループ・(株)れんせい」で2022年度に立ち上がった新ブランド「練成会PLUS」をatama+ EdTech 研究所の森本が取材させていただきました。お話をおうかがいしたのは「(株)れんせい」にて「練成会」および「超個別指導・練成会PLUS」を管轄されている山崎敏史副社長、旭川市の北門スクールの小野敦也教室長です。


「社会環境が変化する時代、目指したいのはどんなことなのか?」地域社会に貢献できる教育サービスであり続けるために、個別指導全教室と集団指導教室の一部を「練成会PLUS」へブランド変更

——2022年4月に新ブランド「練成会PLUS」を25教室展開されています。なぜこのようなご決断をされたのでしょうか?

山崎様:練成会グループは「常に価値ある教育サービスを提供することで地域社会に貢献していく」という企業理念を持っています。少子化、入試環境の変化、労働人口の減少、経済環境の変化など社会の変化が激しい現代において、地域に提供していくべき教育サービスを考え抜いた結果、もともと映像コンテンツを利用して個別指導を行っていた全教室と、集団指導を行っていた教室の一部を「練成会PLUS」に切り替えようという決断に至りました。

——練成会PLUSの概要について教えてください。

山崎様:「練成会PLUS」ではatama+をメイン教材として各生徒が自分の目標や計画を立てながら学習しています。学習計画を立てる際に授業の回数に制限があると、本当に立てたい計画が立てられないこともあるので、「受け放題コース」を用意し、こちらを推奨しています。
教室長や講師達は目標達成のためのサポート等を生徒の性格の特徴を理解しながら丁寧に進めていきます。教務面をatama+というEdTechに任せることができるので、生徒さんや保護者の方々とのやりとりに今までよりも格段にエネルギーを注げるのです。授業中、机間巡視を担当する講師は、次から次へ生徒さんとコミュニケーションを取ります。教室長は机間巡視をすることもありますし、生徒さんと別室で面談をしたり、保護者の方とお電話をしていることもあります。こういった活動によって、生徒さんの自立した学びを支援するとともに、保護者の方々には、お子さまの状況をお伝えすることでご安心いただけるのだと考えています。

株式会社れんせい 山崎敏史副社長

——練成会PLUSになった25教室はもともとどのような教室だったのでしょうか?

山崎様:個別指導を行っていた教室は、以前は映像コンテンツを利用していました。この個別指導の教室を全て練成会PLUSに変更しました。また、これらの教室に加え、いくつかの集団指導を行っていた教室も練成会PLUSに変更しています。今までの個別指導よりもさらに個別最適化した学習を実現できること、教室長が生徒のことをより深く理解でき、保護者にもより詳細な報告のお電話などができるようになったことから「超個別指導」というキャッチフレーズにしました。

——個別指導の教室以外にも、いくつかの集団指導の教室も「超個別指導・練成会PLUS」に変更されたのですね。生徒さん、保護者の方々は学び方が変わることについてどのようなご反応だったのでしょうか?

山崎様:はい、集団指導スタイルの教室も変更しました。本日来てもらっている「北門スクール」がまさにもともと集団指導を行っていた教室です。教室長の小野は元々北門スクールの教室長で、社会を担当していました。

小野様:生徒さん・保護者の方々はもちろん驚かれていました。ただしっかりとご説明をしていったところ、全員が継続して北門スクールに通い、練成会PLUSで学習していくとおっしゃってくださいました。私自身は、集団授業から練成会PLUSになることで、より生徒の学力向上と学習行動の向上に繋がるだろうなと感じていたので、迷われている方々にも「絶対に大丈夫ですから、まずは夏まで信じてください」と言い切りました。
そこから生徒さんへの指導はもちろん、保護者の方々にも学習の様子をLINEで送ったり、お電話でご説明したり、授業見学に来ていただいたりしました。夏頃には成績が上がったり、学習行動がよくなったりする生徒ばかりになってきました。「家で勉強しろと言わなくても勉強するようになって驚きました」というお声を複数の保護者の方からいただけました。

北門スクール 小野敦也教室長

生徒さんからも「集中して自分の勉強に取り組めることが良い」という声を聞きます。どんどん進む上位層は入試問題や上の学年の先取りに進みますし、苦手分野がある生徒はとことん向き合うことができます。学力層に関係なく「本気で成績を上げたい」と思っている生徒ほどマッチするイメージです。夏頃には多くの生徒が「集団指導よりも練成会PLUSが良い」と回答してくれました。これからも、授業冒頭の理論訓示、机間巡視での声掛け、面談、休み時間や登下校時の声掛けを通じて、生徒と「なぜ学ぶのか」「どう学ぶのか」を深めていきたいと思っています。


生徒の行動変化を促し、生徒が自分の目標に向き合ってイキイキと自己実現していくことをめざした教室運営

——具体的に練成会PLUSではどのような考え方でコース運営がなされているのでしょうか?

山崎様:全てをご説明すると長くなってしまうので一部をご紹介します。幹となっているのは「生徒の自立性を高める」という観点でして、それは以下の3点にブレイクダウンできます。
①自律性:講師の支援のもと、学習計画を生徒自身が決め、決めた計画に対しての実行も生徒が選択すること
②有能性:講師が生徒の「行動変化」に気づき、生徒にフィードバックでき、生徒が自己認知できること
③関係性:講師が生徒ひとりひとりの特徴を理解し、生徒が「理解してもらえている」「自分は教室の一員である」と思えていること
これらを講座設計に落とし込んでいったわけです。

——各項目について具体的な運営をお聞かせください。①の「自律性」とは生徒さんが決定や選択をしていくのでしょうか。

山崎様:集団指導では塾が決めたカリキュラムに沿って学習していきますし、人が行う従来の個別指導でもある程度のカリキュラムが決まっています。一方、今回目指したのは、生徒さんが自分自身で決めたり選択したりすることです。変化の時代を生き抜く子どもたちですから、今後の人生においても「自ら考え、自ら意思決定をする力」はとても重要だと考えています。自分で決めることで納得感が高まり、より学習モチベーションにも繋がります。
練成会PLUSのメインコースは、時間割や出席管理は行いますが通い放題です。生徒さんによって学習目標に到達するための必要な量は異なりますし、質を高めるための講師からの指導も異なります。通い放題にすることで、生徒さんが決めた目標を全力で応援することができます。
その際、生徒さんの意思決定に対するサポートは必要です。これは、どの教科をどう学習していくのか、いわば学習の作戦を決めるサポートです。そのためには受験指導にも精通していて、かつ、一人ひとりの生徒さんのことを深く知ろうとする姿勢が必要で、プロフェッショナルとしての腕の見せどころの1つです。この面談のことは「目標面談」というネーミングにして、組織として日々磨きをかけています。

——塾の先生として「黒板を使って授業をする」というスタイルとは大きく異なりますね。小野先生、ギャップは無かったのでしょうか?

小野様:私自身は「生徒の成長を見ることができる、成長のサポートができる」ということが塾講師としてのやりがいなので黒板を使った授業をするかどうかはあまり問題ではありませんでした。「社会の授業をしたい」という気持ちはベクトルが自分に向いていると思うのですが、気持ちのベクトルは生徒に向かわせておきたいなと思っています。

——生徒さんのことをとてもお考えになられているということが伝わってきます。続いて②の「行動変化」について教えてください。

山崎様:塾として「何に対価を頂いているか?」「何が生徒さんの未来をより良くするのか?」と考えた時、「日々の生活における行動変化」が最も大きいことだと思っています。例えば、家では勉強を全くしなかった生徒さんが家で10分でも勉強するようになったとします。この行動がすぐに成績に表れるかと言えばNOですが、本人にとってはものすごい変化ですよね。こういった変化が起きた時に「気付き」「フィードバックし」「生徒が自己認知する」ことを促していくわけです。生徒が自己認知できることでその行動がより継続します。行動の継続の先に学力向上や合格、最終的には将来の幸せがあるはずです。

——これもまた今までの塾の先生としてのお仕事とは異なりますね。小野先生、日々のお仕事ではどのようなことを意識されているのでしょうか?

小野様:まずはデータを見ることです。atama+を使っているので、生徒一人ひとりの1週間の学習時間やつまずきの箇所がデータで把握できます。今までは複数の教室に授業に行っていたのですが、今は北門スクールに集中できるので、生徒さん一人ひとりのことをより集中して見ることができるようになりました。そうすると生徒さんが何をどう頑張ったのか、よく分かります。反対に「あれ?」と思うこともあります。そういったことを授業前の時間に確認して、教室で会った時に話すのです。生徒さんに話しかける時には、内容はもちろん、声のトーン、話す場面、こちらの表情も重要ですから、事前に準備をしておくことはとても重要です。事前に準備をしておくことで、その場での対応の幅も広がります。生徒一人ひとりとの会話の時間は集団指導時と比べると圧倒的に増えましたね。
最近では、ある生徒に学習時間が伸びていることを褒めたところ、週に5日も通塾するようになりました。また別の生徒にノートをまとめるようになったことを褒めると、自分なりに解説からポイントを整理するようになるなど、こちらからの指導で明らかに行動が変化していっています。



——保護者の方とはどのようなコミュニケーションをとられているのでしょうか?

小野様:保護者の方にはできるだけ小まめにお電話をメインにしたご連絡をさしあげています。生徒さんと決めた学習の方針や作戦をお伝えしたり、行動変化をお伝えしたりしています。先ほど例に上がっていた「勉強を始めたタイミング」などは絶好のチャンスですね。
保護者の皆さんもお仕事や家事育児とお忙しくされていらっしゃるので、できるだけ事前にお時間を決めてからお電話しています。私もお電話前には生徒さんのatama+などの学習データを再度確認したり、ご質問にお答えできるように画面に表示したりする準備があります。電話面談の品質を上げるためにもお時間を決めることは重要だと思います。お一人あたり30分から40分ほど話しこむ時もあります。私がデータと対面指導で生徒のことを理解できていますので、色々とお伝え出来ます。その結果、保護者の方々も安心してくださる、そんなサイクルを意識しています。保護者の方々と二人三脚で生徒さんの成長を支援していっているようなイメージです。

——保護者の方との二人三脚、小野先生のお話をお伺いしていると分かる気がします。では③「関係性」について教えてください。

山崎様:これまでお話しした、①目標を決めて、②行動していく、これらを継続し続けられるかと言いますと、人間ですから上手くいかない時もありますし、苦しい時もあります。そんな時にこそ「関係性」です。生徒本人が「理解してもらえている」「自分は教室の一員である」と思えていること、が非常に重要です。自分は一人じゃない、ここに来れば頑張れる、そんな教室でありたいと思っています。この「関係性」を強化できる仕組みを意識して設計しています。
例えば、この北門スクールも去年までは集団指導だったので、入口からはカウンターと廊下しか見えず、反対に教室からは玄関が見えない設計になっていました。ただ、入ってきた瞬間に挨拶をしたいですし、生徒さんが短い時間で同じ仲間と溶け込める空間にしたいと考えました。そこで、思い切って壁を抜き、教室の壁の配色も温かみのあるものに変えました。黒板も無くしてしまい、1階はワンフロアになっています。机の配置も島型にしています。

——確かに、私も教室に入った瞬間に活気を感じました。小野先生、教室の雰囲気作りについて意識されていらっしゃることを教えてください。

小野様:様々ありますが、元気に明るく挨拶をすることは講師に最初に教えることの1つです。そして休み時間も含めて生徒と積極的に関わり、生徒同士を繋げることです。今まで社会を担当していた時代は私は生徒にとって5教科のうちの1人、つまり練成会としての1/5人だったわけです。これが1/1になるわけです。関わりが増えるという面でとても大きいことです。生徒のことも良く知れますし、学年を越えてワンフロアにいますから休み時間もワイワイできます。



——生徒さんが楽しんでいるのですね。授業中も膝をついたり腰をおったりしながら生徒さんと話している姿を拝見しました。授業中は、どのようなことを意識されているのでしょうか?

小野様:はい、授業中も机間巡視をしながら関わっています。意識していることの1つをご紹介すると、①の「自律性」にも繋がるのですが、生徒さんが自分で理解できる、自分で問題に挑戦していく、その姿勢を育むことを意識しています。分からなかったことが分かるようになる過程で自分で考えるから、真の学力が上がっていくのだと思います。「〇〇さんならこの先もできると思うよ」と励ますことも多くあります。

——それは生徒さんご本人も、保護者の方々も嬉しいでしょうね。保護者の方々のご反応はいかがでしょうか。

小野様:保護者の方からは「子どもが勝手に勉強机に向かうようになった」「いちいち勉強しろと言わなくなった」と、驚きと感謝のお声をよくいただきます。保護者の方からすると、これまで普段の学習の様子はよく見えなかったと思います。私たちからお伝えする学習データや小さな変化と、家庭での学習の様子が繋がり、子どもが変わったと実感いただけるようです。
そういったお声が、口コミとなって広がっていて、今は新規入塾頂く生徒さんの約7割は口コミによる紹介です。決して人口の多いエリアではないですが、練成会PLUSに変わって1年で、ありがたいことに教室にお通いくださる生徒さんは約2倍に増えました。

——講師にはどのようなことをお伝えになっているのでしょうか。

私は授業中の時間に生徒さんとの面談や保護者の方とのお電話をしていて、机間巡視がいつもできる訳ではありません。ですので、講師の育成がとても重要になります。自律に導くための指導は実際にやってみないと分からないところも多いので、最初は一緒に入り、1つ1つ生徒さんへお伝えする言葉や口調、雰囲気などを出来るだけ丁寧に伝えて行っています。


このような大きな変化を社員一丸となって実行できた理由。この先に目指す組織の姿

——このような大きな変化を成し遂げられたのはなぜだったのか、お聞かせください。

山崎様:「練成会PLUS」の立ち上げを決めた直後に、担当する全社員でブランドミッション・ビジョン・バリューを話し合い、言葉にしました。ブランドの方向性等は責任者を中心とした一定の人数で行うしかありませんが、価値を地域に届けていくためには練成会PLUSに関わる全員が一丸となって、提供価値を磨き込み続けることが必要です。そのためには、各社員が新しいモデルに挑戦する理由を深く理解して主体的であること、同じ価値観を仲間と深く共有することで質の高い対話が社員間で生まれることが成功のために重要なことだと信じています。

——どのようなブランドミッション・ブランドバリューになられたのでしょうか?

山崎様:全てをご紹介すると文量が多くなってしまいますので一部をご紹介しますと、「関わるすべての生徒それぞれの自己期待と目標を高め、自立性を育て続ける」「関わるすべての保護者それぞれが生徒の未来像を広げられるよう、アプローチし続ける」といった内容をブランドミッションに掲げました。

——受験や成績に関する直接的な表現が無いのが印象的です。

山崎様:まさに、ブランドミッションミーテイングではそこの議論が印象的でした。地域の方々にも練成会は進学塾だとご認識いただいています。社員にも実現したい価値を問うと、序盤では「成績を上げる」とか「志望校合格」という話が多く出たのですが、将来私たちが本当に提供していきたい価値は?と問うと、「生徒が社会で活躍すること」「生徒自身が自分で決めた人生を生きること」そんな話が出てきたのです。

——高校生も受け入れられ始めたと聞きました。

山崎様:はい、2023年4月から高校1年生の受け入れをスタートしています。上記のミッションを達成するためには、高校入学で生徒さんとの関係性を終えてしまうのではなく、高校生も受け入れていこうという意思決定になりました。さきほどの北門スクールでも複数の生徒が高1になっても継続して通塾してくれていますし、全教室合計で多くの高1生が初年度から通ってくれています。



——どのようなブランドにされていくのでしょうか?

山崎様:地域社会に貢献していくために価値の高い教育サービスを提供し続けられるということを引き続き意識していきます。実際に初年度の退塾率も低く、口コミで新しく来てくださる生徒さんや保護者の方々も増えていて、練成会PLUSの生徒数も1年で約1.5倍になったりと、手ごたえは掴んでいます。
提供しているサービスをより良いものにしていくために、社内の研修も続けていきます。2022年度も年間で5回ほど全体研修を行いました。研修と言っても話を聞くだけではなく、先ほどお話ししたブランドミッションミーティングのように社員同士が意見を出し合うような場面も多く作っています。特に盛り上がったのは、生徒さんとのエピソードを教室長達が発表していくコンテストです。どのエピソードも素晴らしいのですが、最も皆が心を動かされたエピソードを投票しグランプリを決定しました。ブランドの進む方向性を、言葉にして共有することも大事にしていきますし、エピソードとして共有していくことも大事にしていきたいと考えています。

PDF版ダウンロード:第25回教育最前線 - 国内の塾における EdTech の価値事例「練成会PLUS」編
2023年5月8日