第9回 新型コロナウイルス状況下での海外大学のオンライン授業レポート

はじめに

新型コロナウイルスが世界中で広がりを見せており、あらゆる産業への影響が不可避なものとなっている。教育領域も例外ではなく、前回の記事で挙げた通り、世界各国で学校の休校やオンライン授業への切り替えなど、様々な対応が取られている。高等教育機関においても、欧米諸国の大学が次々に全ての授業をオンラインに移行し、当面はキャンパス内に大勢の学生が集まらないようにすることを発表している。

今回の記事では、第3回の記事にて取り上げた教育領域における世界大学ランキングで7年連続第1位のUniversity College London(以下、UCL)に焦点をあて、その在校生に現在の学習状況についての取材を行なった。今回の新型コロナウイルス問題の状況下、どのようにオンラインでの授業が行なわれているのか、その取り組みについてレポートしていきたい。

基本情報

取材した対象の授業は、UCLの教育学研究科のオンライン授業の1コマである。UCLでは新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、2月中旬より全学部でオンライン授業に移行している。授業時間は180分(途中10分ほど休憩が入る)で、参加生徒数は約30名という構成である。通常の対面での授業だと、教授による講義が60分、残り120分は生徒同士や教授とのディスカッションの時間に割り振られている。オンラインでの授業においては、教授による講義が90分程度、教授と生徒によるディスカッションが90分程度となっている。生徒同士のディスカッションは、後述するが授業時間内での実施はなされない。尚、参加生徒の8割が英国以外からの留学生であり、すでに母国に帰国している生徒も多いため、学生の時差を考慮した変則的な時間割での実施となっている。

活用ツール・デバイス

  • Blackboard Collaborate
    • 世界90か国の大学をはじめとする高等教育機関や企業研修を中心に約1億人に活用されている、学習者と教育者双方向けのLMS(Learning Management System:学習管理・授業実践管理システム)。
    • リアルタイムでのオンライン教育(遠隔授業)、モバイル対応、他LMS製品との連携、音声コンテンツ作成など、さまざまな機能を兼ね備えている。主な機能は、インターネット通話、生徒の出席管理、生徒ごとのミュート・ミュート解除の制御、生徒が「手をあげた」時の通知、授業内アンケート投票、授業内での少人数グループの作成、など。
学内ホームページにて活用マニュアルが公開されている
  • Googleドキュメント
    • 授業中に生徒が質問内容のメモを取り、全員に共有するのに利用。生徒全員に編集権限が付与され、自由に書き足してよい。
    • 講師も適宜備忘録としてメモを取るのに利用。
  • iPad
    • 講義スライドを投影し、そのスライド上に、教授が適宜Apple Pencilなどタブレット用のタッチペンで補足を記入するために使われる。

授業進行概要

(実際のオンライン授業中の様子は肖像権をふまえ公開できないため、BlackBoard社HPより参考画像を添付)

  • 授業前
    • 事前に、授業用Blackboard CollaborateルームのURLが各生徒に学内WEB経由で送付される。

  • インターネット通信環境が安定的かつ周囲が静かな場所での受講、マイクやカメラなどが正しく機能するか事前に試しておくことなど、注意点が事前に共有される。

  • 授業開始
    • 出席確認及び授業進行に関する説明
      • 授業内で発言したい時のアプリケーションの使い方・オペレーションについて説明がある。「基本的には全員ミュートの状態で授業を聞く」「発言したいときは「手をあげる」ボタンを押す、もしくは全体チャットに投稿する」「教員はその通知・投稿を確認して、生徒を口頭で指した上で、教員がその生徒のミュートを解除する」「その上で生徒が発言する」ことが伝えられる

  • 授業内で適宜アンケート・投票を取って意見を求める
    • 授業内で適宜アンケート・投票を取って意見を求める旨が頭出しされ、授業中に生徒が勝手にPCの前から離れないようにするための注意が添えられる

  • 授業本編
    • 講義スライドを画面に映しながら、教授の声が入る形で授業が進行される。適宜タッチペンで板書の補足が入る。

  • 質問がある時向けの「手をあげる」ボタンで、手を挙げている様子
    • 生徒が手を挙げると教授に通知が飛び、手を挙げた生徒のミュートを解除して質問させる。

  • 適宜、授業内容と関連した、参加生徒に意見を求めるための投票アンケートが行われる。

  • 授業後
    • 「Online tutorial」として、教授が授業後30分ほどオンラインのままとなり(設置されない場合もある)、質問がない生徒は退室し、質問がある生徒はそのままルームに残り、教授に対して質問ができる。

考察

UCLの在校生曰く、対面での授業と比較してオンライン授業に対して致命的に大きな課題は感じていないようであった。教授がツールの活用についてあたふたせず、生徒に対する説明や仕切りが明確であり、生徒がPCの画面上で授業以外のこと(SNSを閲覧するなど)に気を逸らさないよう定期的に投票アンケート機能や生徒をランダムに指して意見を求めるなどの工夫があったため、総じて「授業として成立している」と捉えることができるであろう。

UCLでは、オンラインでの授業スタイルは今回の新型コロナウイルスの影響を受けて始めたのではなく、新型コロナウイルス問題以前から長らくオンラインコースを開講していたとのことだ。そのため教授陣が総じてオンラインでの授業運営に慣れていた、というところが大きいようだ。(育児や介護などによって自宅を離れられない方や、会社で働きながら大学院に通いたいが時間的に融通が聞かない方を対象に、これまでもオンラインでの学位修了プログラムを提供しているそうだ。)

一方で、生徒全員が授業内で必ず発言しているかという点においては、一定の限界があると言えそうである。海外の大学では、対面での授業において「一言も話さずに授業が終わる」ということはほとんど無い。しかしながらこのオンライン授業では、教授が指すことのできる生徒数には上限があり、生徒同士のディスカッションにおいても、アプリケーションの機能的な限界があるように感じられた。

授業内のディスカッションの代替手段として、UCLでは授業時間以外で利用するためのランダムで組まれた生徒5人用のオンラインディスカッションルームが準備されていて、指定のルームに入ると、アサインされた学生同士で議論できるようになっている。また、後日そのオンライン議論の内容を、ディスカッションページ(授業ごとに、学内WEB上に設けられている)に投稿することが必須となっている。こうした授業以外の時間を活用するなどして、できる限り生徒同士のコミュニケーションの場が保たれるようにする工夫を見て取ることができた。

このような取り組みは、現状の日本の学校や塾・予備校をはじめとした教育機関ではまだあまり見られない動きではあるが、今回の新型コロナウイルスの影響によって、オンラインでの学校運営が不可避となる学校が増えていることを考えると、オンラインでの授業実践例には学ぶべき部分が多いのではないだろうか。とりわけ、今回の新型コロナウイルス拡大の影響による各教育機関の休校や縮小運営、それに伴う様々な教育事業者のオンライン学習教材配布の動きを見ていると、映像授業やオンライン上での練習問題といった「知識のインプット」「基本情報の習得」というTeachingの要素に関しては、教員の存在価値は少なくなっていくことは必至であろう。これまでも部分的に導入が進んできている状況ではあったが、今後その傾向がより顕著になってくることは、もう避けられない状況であると言わざるをえない。そうした時に、人間の教員が果たす役割とは何なのか、改めて問われている状況であるということではないだろうか。

オンラインでの授業は、実践する講師の力量やITリテラシーに左右される部分は大きいものの、十分に実現可能な範囲と思われる(普段オンラインでの授業実践に慣れていなかったとしても、授業を行うことはできそう)。今回UCLが活用していたBlackboard Collaborateに限らず、ZoomやGoogle Hangoutなど様々な通話チャットアプリケーションを用いた授業実践例やノウハウが、ネット上で多く公開され始めている。

未曾有の環境下で子どもたちの学習環境が危機に晒されている今、これまで日本においてなかなか進んでこなかった「教育環境のオンライン化」に対し、様々な事例を参考に、生徒のみならず「教員こそが学ぶ」姿勢を示すことが求められているのかもしれない。

2020年4月9日