第29回教育最前線 – 国内の塾におけるEdTech の価値事例「次世代型個別指導 おがわ塾」編「教員歴36 年の豊富な経験から各生徒にとって心地いい学習を提供し自学力を育む」

日本の教育において、これから EdTech はどんな価値を持ちうるのか? 日々子どもたちに接しながら、実践の中で EdTech により教育の価値を高めている塾が数多く存在しています。教育関係者のみなさまにインタビューしながら EdTech の可能性を探る本シリーズ。今回は、36 年間学校教員として勤務された後、2018 年にご自身の教室を開業された「次世代型個別指導 おがわ塾」の小川雅弘先生、お通いの生徒さん方にatama+ EdTech 研究所 所長の森本がお話を伺いました。


私は元々、浜松市で学校教員をしていました。専門は社会科です。若い頃はインディージョーンズにあこがれていたタイプです。定年1 年前の59 歳の時に早期退職をし、自分の教室を開校しました。


続々と生徒さんが通塾してくるなか、笑顔で取材に応じてくださる小川先生。


「自分が生徒さんに届けたい教育はどのようなものか」ということを考えた時に、自分で教室を開こう、という結論になりました。学校教員をしていると、仕方がないことなのですが、年齢が上がるにつれて自分が生徒さんと関わることのできる時間は減っていきます。私も指導主事などの立場になるにつれて、クラス担任をすることが無くなっていきました。もちろん若い先生に経験してきたことを伝えることにもやりがいはありますし、そういった立場だからできることもあります。学校だからできることもあります。ただ色々な制限もあるのも事実でした。

そうですね。例えば、学校は一斉授業で進んでいきますよね。とすると、どうしても、もっと先に進みたい生徒さんもいれば、授業のペースに合わせるのが難しい生徒さんもいます。昔は授業についてこられない生徒さんに昼休みや放課後に教えたり小テストをしたりしていましたが、最近の学校は人手不足や働き方改革もありますし、休み時間や放課後の時間は他の生徒さんと同じようにさせてあげないと、という意見もあり難しくなっています。このような場面で学校教育の限界を感じていました。

学校の授業はもちろん価値がありますが、1人ひとりにとって最適な内容、最適なペースがあり、それは必ずしも学校の授業と合致するとは限りません。授業以外にもあなたにとって心地いい学習はあるんだよ、ということを伝えたいのです。

3つの理由があります。 まず1つ目は教員時代からデジタルに慣れていたこと、2つ目は生徒さんの学習時間の密度を向上させたり内容等の質を向上させたかったこと、3つ目は私が1人で教室運営をするために必要だったということですね。

教員時代には指導主事、博物館勤務、外国人児童担当など様々な経験をさせてもらいました。それらの中でも、今で言うEdTech領域の担当や研究授業を先導していたことがあり、その際は大学教授の先生方をはじめとした多くの方々に助けていただきました。20年以上前になりますね。黒板からホワイトボードに変更したり、写真を投影することで学びを深めたりするほか、教室外活動では田んぼに定点カメラを設置して観察するような体験学習も企画運営していました。その経験もあって、EdTechを学習に取り入れるということは私の中で自然なことだったのですよね。

学習の密度でも質でもメリットがあります。学校の授業等の一斉型の形態では、学習していないロス時間が実は存在します。例えば、何かを待つ時間、知っていることを聞く時間、聞いてもまったく分からない時間、などですね。教員時代にはこれを解決しようとクラスを解体して習熟度別にしたこともあったのですが、それでも数パターンですから個々の生徒さんにぴったり合ったものにはならない訳です。これは一斉指導型では致し方ないのです。EdTechを使うとロス時間を削減することに貢献できますし、内容面も本人に適したものになりますから密度も質も向上します。

生徒は黙々と学習を進めます。しゃべるのは私だけですね。atama+COACHや表情や背中を観ながら、声をかけた方が良いかなと思った時にだけ声をかけます。後は生徒達が自分でできます。なので、1人で学び続ける力をつけることですね。こういったところまで意欲が育ったり、学習方法を身につける必要がありますが、こうなった生徒さんはものすごく強いです。


黙々と学習を続ける生徒さん達。小学生から高校生が同じ空間で集中している。


いえいえ、そんなことはありません。むしろ簡単に答えを知りたい、「分からない」と言えば誘導尋問的に教えてもらう、ということに慣れてしまっている生徒も多いなと感じています。先日初回面談をしたある小学生も「分からないって言っていれば周りが全部やってくれる」と言うのです。学校でも誘導尋問に答えているうちに授業は乗り切れるのでしょうね。この考えを取り払わないといけないのですが、そこに苦労しますね。

はい、教えてもらってばかりでは身についている訳ではありませんから、1人ではできるようになりません。でも1人でできるようになるということは、本人にしてみると苦労が増える訳です。入塾時にきちんと伝えることを徹底しています。自分で解こうとしないと解けませんから、ノートの使い方も指導しています。なかなかできるようになりませんが、できるようになると「途中式を書いて正答と見比べよう」とか「間違った理由を自分で書き込もう」「これは覚えなくちゃいけないな」という意識になっていきます。

上の学年に行けば行くほど自学力というものを意識できます。一方で内容は難しくなります。難しい内容に向き合っていくとき「自分は何が分からないのか」ということを本人が理解することが重要です。問題文の中に分からない言葉があったとして、言葉を理解できていないことに気が付かないのです。解説を読んでも、書き写す作業だけで終ってしまってはいけません。「あ、自分はここが違ったのか」と理解できるレベルの自学力を育成していきたいですよね。長い時間苦労している生徒さんにはこの「何が分からないのか」を一緒に整理することはあります。長い時間苦労しているとストレスが高まり過ぎてしまいますし、時間も使ってしまいますしね。

こっちも根気が必要ですよね。1人ひとりが抱えている課題が違いますし、全員に伝わる表現というものは無いのですから、生徒さんと対話をしていくという活動になると思います。理想の自学力をすぐに身につけられる人は居ません。大人でも苦労しますよね。昨日よりも今日が成長してくれればそれで良いのではないでしょうか。


努力することの大切さを生徒さん達にお伝えする掲示物


もちろん分からないことは多くありましたが、問い合わせれば教えてくれる人がたくさんいました。収支計画も丁寧に教えてもらいましたし。教室の立地は、私の家からは少し離れているのですが、中高一貫校の目の前ということだったり、バス通りで看板を大きく出して視認性を高められたり、医大の近くだったりと高条件を地元の不動産業者と探しました。


中高一貫校の目の前、かつバス通りから視認性の高い看板。隣にも他塾の看板が。


自宅は完全に住宅街の中でしたので、選択肢には入れませんでした。

不安な気持ちももちろんありましたが、それよりも実現したい「子どもと接したい」という教育への気持ちの方が強かったので決断できたのだと思います。初期投資はもちろん必要でしたが、やりくりできる範囲内でした。

3月に退職して6月に開業し、夏休みの募集から行いました。最初の生徒さんは開業の準備をしている段階で保護者が認知してくれオープン前から入ってきました。その1人から始まりだんだんと増えていきましたね。

中高生が多いですね。小学生も来てくれています。

先ほど自学力について話しましたが、自学力が身についてくれば分からない問題に対しても自分で考えて解決できるようになります。なので私が質問に答えなければならないという構図にならないのです。では自学力の育成のための指導は小中高で差があるのかと言えば、レベルの差はあれど、目指す視点はどの学齢も共通しているのですよね。ですので、同じ教室内に小中高生が一緒にいても、私一人で指導できる訳です。

高校生まで受け入れることで、学校教員時代よりも長い年月をかけて生徒さんと向き合うことができます。一歩一歩成長していく姿を長期間に渡って見ることができるのは小中高を受け入れている教室運営ならではの喜びです。


日頃はメールやお電話でやり取りさせていただいている馬場(左)も取材に同席


当時の判断で後悔しているのは「もう少し大きな場所をお借りすれば良かったな」ということくらいです。今は15坪なのですが満席になってしまう日もあるので(笑)。


お通いの生徒さんインタビュー

中学3年生(中高一貫) 男子

剣道部を頑張りながら、日々の学習を継続出来ている様子をお話いただきました


剣道部に入っています。練習は週5日で、部活が無い日は塾に4時か5時に来て、自転車なのであまり遅くなり過ぎないように8時までには帰ります。

部活がある日は家に帰宅して1時間、朝起きて1時間くらいやってます。

塾にいる時間に学習するのと、平日も夜に毎日30分くらいやっています。塾が休みの日でも図書館で学習できるのもいいですね。

先生が課題を出してくださるので、それをやっています。atama+では学校の授業で詳しく学習できなかったところを自分が納得できるまで動画を何度も繰り返し見ることができるところが好きです。

基本的にはそうですが、数学は学校の先取りをatama+で学習しています。先取りも講義動画があるので進められますね。

先生の話が面白いところです。勉強のコツやおススメの方法を教えてくれるのですが、僕が知らないことも多くてありがたいです。


お通いの生徒さんインタビュー

小学5年生 男子

小川先生のお顔を見ながら質問に答えてくれました


1年間くらいかな。

とりあえずノートを見て振り返るかな。前にやり方を書いている時はそこを見るようにしている。後はatama+に出てくるヒントを見たりとか。

勉強はそんなに好きじゃない。

うん、そうかな。来ることが普通になっている。


編集後記

当シリーズ9回目の記事となり、今回は個人で経営も教室運営もされていらっしゃる小川先生を取材させていただきました。元教員というバックボーンはありながらも、59歳でご自身の教室を開業されるバイタリティ溢れる小川先生にインタビューしているこちら側が、エネルギーを頂きました。

小川先生は「各生徒にとって心地いい学習を提供し自学力を育む」ということを本当に大事にされておられました。小川先生から生徒さんへのお言葉をお聞きしていると「どんな学習行動を推奨しているのか」ということが分かりやすく伝わってきました。反対に解説を読まなかったり、すぐに答えを見てしまうような学習行動は「それは良くないな」とはっきりとお伝えなさっていました。

自学力の育成というところに軸をもち、EdTechを使った教室運営を行えば、1人で複数学年複数教科の指導が可能だということも実証されていらっしゃるおがわ塾を拝見しながら、これからの時代の教育の在り方について考えを深めさせていただきました。小川先生にはお忙しい中、貴重なお時間を頂きまして心より感謝しております。

PDF版ダウンロード:第29回 教育最前線 – 国内の塾におけるEdTech の価値事例「次世代型個別指導 おがわ塾」編
2024年5月24日