第17回atama+ EdTech研究所主催 報道関係者向けセミナーレポート

はじめに

文科省が初めて行った全国調査で「教員不足」の実態が明らかになった。背景には、近年の教育現場で問題視されてきた、先生への過度な業務負担がある。負担を軽くし、生徒と向き合う時間をつくるための対策の一つとして注目されるのが「教育のデジタル化」だ。学校や塾でも教育のデジタル化を進める土壌が整いつつある一方、デジタル化を推進し、先生の働き方や役割を発展させた事例は多くない。

こうした背景から、atama+ EdTech研究所は報道関係者向けセミナー「教育のデジタル化で変わる先生の働き方・役割」を開催した。本レポートは、セミナー当日に紹介した先生の働き方や役割に関する現状や、教育のデジタル化を進めた学校・塾の事例をまとめたものになる。


先生の働き方や役割に関する現状

atama+ EdTech研究所 主席研究員 森本 典生

2009年東北大学経済学部経営学科卒業後、株式会社ベネッセコーポレーションに入社。学校・大学向け事業のエリアマネージャー等を歴任。2020年4月にatama plus株式会社へ入社。


はじめに、atama+ EdTech研究所主席研究員森本が「先生の働き方や役割に関する現状」について説明した。

グローバル化、IT化など急激な社会変化は、教育業界にも影響を与えている。文科省の学習指導要領(平成29・30・31年改訂)では、外国語学習の充実、プログラミング教育の必修化など「学ぶ内容」が変わることに加え、主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)といった「どのように学ぶか」も重視した授業改善が含まれることについて言及した。

教育で求められることが変化する中、22年1月に文科省が初めて行った調査で、全国の公立小中学校で2,558人の教員不足が明らかになった。背景には、教員の過度な業務負担が指摘されている。OECD(経済協力開発機構)の調査によると、中学校教員の1週間当たりの平均労働時間は参加国平均で38.3時間だったのに対し、日本では56時間と、参加国の中で最長であった。また、学校だけではなく塾でも業務負荷は課題となっている。これまでに、厚生労働省と文科省が共同で学生アルバイトの労働環境について是正勧告を出すといった動きもあった。

こうした背景から、先生の働き方・役割を見直す声が上がっている。各自治体の教育長らのコメントを引用しながら、森本は「先生の役割はティーチング(教える)から、コーチング(伴走する)になっていく」と語った。

見直す上で重要な手段の一つが「教育のデジタル化」だ。コロナ禍も相まって、教育現場でデジタルを活用するための環境は急速に整いつつある。22年4月で「GIGAスクール元年」から1年が経過するが、文科省の調べによると、98.5%の自治体等で生徒1人に対して1台の端末を活用できる環境が整備され、生徒の約9割がICT機器の活用に肯定的という結果が出ている。環境が整いつつある一方、教員側は「担当教科でのICTの効果的な活用方法がわからない」と活用に課題感を持つことがわかってきた。

教育のデジタル化を進めるための環境は整う一方、生徒たちのよりよい学びのためには業界全体で活用事例を共有しながら推進していく必要がある。


デジタル化によって、変わった講師の役割 

株式会社オブリガードス(超個別指導塾まつがく)代表取締役 林部 一成 氏

1999年慶應義塾大学卒業、松本学習指導センターに入社。エリアマネージャー、学習塾部門の責任者等を歴任。2017年9月に事業譲渡により前会社から独立し現職。


続いて、教育のデジタル化を進めた塾の事例として、長野県を拠点に、超個別指導塾まつがく(以下、まつがく)を34教室運営する株式会社オブリガードス代表の林部氏が登壇し、「デジタル化によって、変わった講師の役割」について語った。

かつて、まつがくの教室長は、1日のうち70%を教科指導に、30%を管理業務に費やしており、いわゆる「ティーチング」の役割が中心だった。講師1人で生徒3人を指導する個別指導形態をとっており、生徒が一人増える度に講師を増やす必要があったが、地域特性もあり、質を落とさずに講師を採用することは困難だった。特に、高校数学や物理、化学などを指導できる講師は少なく、講師不足の課題を継続して抱えていたという。また、「個別最適な学びを提供できない」「大学受験指導ができない」「生徒の夢に寄り添う時間を確保できない」など、講師不足が生徒に提供できる学習機会の制約になっていた。



生徒によりよい学習を提供するため、まつがくでは2019年からAI教材「atama+」を全面導入。教科指導を完全にAIに任せ、講師1〜2人名で十数名ほどの生徒をサポートする指導形態へと変更した。これにより、個別最適な学習はもちろん、大学受験指導が可能になった。また、学習の個別最適化により、生徒によって必要な学習時間も変わるため、料金体系を「通い放題定額制」に変更。生徒の夢から逆算して、必要なだけ学びを提供できるようになった。

教室長の1日の過ごし方も大きく変わり、教科指導・管理業務の時間を合わせて全体の20%と、従来の5分の1以下になった。その分空いた時間は、生徒との面談に充て、夢のヒアリングや目標・学習プランの設定など、生徒に寄り添いながら学習をサポートするそうだ。林部氏は具体的な講師らの変化として「午後9時半に授業が終わりますが、午後10時を過ぎて教室に残るスタッフはいなくなりました」と語った。

講師の役割が変わったことで、求められるスキルも変化した。「以前は、英語や数学を教える知識が必要でした。でも今は、例えば、水問題を解決するという夢を持つ生徒がいた時に、その夢を実現するにはどんな仕事があるのか、どんな大学や学部で学ぶのがいいかを知り、提案できないといけない」と林部氏は語る。


最先端の学校で教員に求められる力とは 

武蔵野大学中高、附属千代田高等学院、千代田国際中学校 中高学園長(統括校長)日野田直彦 氏

同志社大学卒。塾ではトップ講師として、学校では私立学校の新規立上げなどに携わる。2014年大阪府立箕面高等学校の校長に着任(当時全国最年少36歳)。着任3年目には海外トップ大学への進学者を含め、顕著な結果を出す。2018年より武蔵野大学中学校・高等学校の校長に着任。定員を下回る厳しい経営状況であったが、グローバル・イノベーション教育を展開し、2年で定員を充足。2020年より武蔵野大学附属千代田高等学院の校長を兼任。2021年より両校の中高学園長(統括校長)に着任。2022年には、「21世紀の教育」を体現するプロトタイプとして「千代田国際中学校」を新設。


学校での事例については、武蔵野大学中高、附属千代田高等学院、千代田国際中学校 中高学園長の日野田氏が紹介した。同校は家庭との情報共有や、生徒間でのアイデアの共有、授業など様々な場面で、EdTechを活用している。「生徒には、ITコンテンツを使うことで基礎学習にかかる時間を圧縮し、空いた時間でパーパスやパッション、チームビルディングや相手をリスペクトすることを学んでほしい」日野田氏はこのように語る。2022年度より新設する千代田国際中学校でもEdTechを導入し、教師がレクチャーする授業とPBL(Project Based Learning)を組み合わせたカリキュラムを導入する予定だ。

「たとえば数学で微分積分を習いますが、日本では最初に解法、つまり’HOW’を教えますよね。海外では、なぜそれを勉強しなければいけないのか、例えばそれはロケットを飛ばすためには必須だ、という’WHY’から学びます。新しい学校では、このような’WHY’を赤いところ(※以下図参照)で学び、青いところで’HOW’を学ぶ時間割にする予定です」



日野田氏は、EdTech活用に関して気をつけるべき点についてこう語った。「EdTech活用で一番大事なことは「アジャイル開発」。インタラクティブにフィードバックをもらいながら一緒に作ることです。学校が提供しただけでは、活用は進みません。本校では、EdTechを取り入れた後に、生徒にアンケートを取るようにしています。『ダメだったらダメでいいからどうしたらいいか教えてくれ』『もっといいコンテンツがあるなら君たちも教えてくれ』と、生徒と対話しながら、よりよい活用方法を模索しているところです」

EdTechの導入により、同校では教員に求められる役割や力も変化した。「これまでは、レクチャーや採点、成績評価を主業務とし、空いた時間で生徒の話を聞くのに精一杯だった。これからは進路とメンタルのカウンセラー、人生の方向性を指し示すナビゲーターといった役割が大事になってくる」と日野田氏は語る。

2022年2月22日