第10回 GIGAスクール構想における海外IT大手の取り組み
はじめに
昨今「GIGAスクール構想」という言葉を、テレビや新聞などのメディアで目にすることが増えている。これは、文部科学省が教育のICT化を推進するために打ち出した計画のことで、「児童・生徒向けの1人1台端末と、高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備するための経費」として、2318億円の補正予算が2019年12月に閣議決定された。文部科学省は「1人1台端末環境は、もはや令和の時代における学校のスタンダード」「ハード・ソフトの両面からの教育改革」「児童・生徒を誰一人も取り残すことなく、子どもたち一人ひとりに個別最適化され、創造性を育む教育ICT環境の実現」と発表しており、この関連で、学校教育機関における通信ネットワークの整備に加えて、児童・生徒1人1台端末の整備として1台あたり4.5万円の補助金が出されている。当初は2023年度中の達成を目指す計画であったが、新型コロナウイルスの影響により、学校休校・オンライン教材での学習の必要性の拡大など生徒の学習環境整備への影響が大きくなった。そのため、緊急時においてもICTの活用により全ての子どもたちの学びを保障できる環境を早急に実現するため、2020年度中の達成を目指すというスケジュールが新たに発表されている。
「GIGAスクール構想」を進める上で、2019年12月に文部科学省が公開した「GIGAスクール構想の実現標準仕様書」で推奨されている3つのOS「Chrome OS」「iPadOS」「Windows」それぞれの提供元であるGoogle社、Apple社、そしてMicrosoft社の教育領域における取り組みに、大きな注目が集まっている。昨今の新型コロナウイルスの影響で学校の休校が続く中、生徒一人ひとりが自宅で学習を続けるために必要なデバイスや通信ネットワークの整備が急務となった。その影響により推奨OSを提供している3社の学校教育機関に対しての自社のハードウェア、ソフトウェアなどを販売・提供する動きが活発化しており、教育領域における役割が更に大きなものになりつつある。今回の記事では、Google、Apple、Microsoftの各社が教育領域に対してどのような戦略をとっているのかについて見ていきたい。
※ GIGAとは「Global and Innovation Gateway for All」の略
各社の教育領域での取り組み
1. Microsoft
教育領域における取り組みは、自社のハードウェア(PC、タブレット)を学校教育機関向けに販売する形が主たるものとなっている。それに加えて、「Office」(Word/ Excel/ PowerPointなど)の各種ソフトウェア、「Skype」「Minecraft」(中高生向けのプログラミングソフト)などの提供も行なっている。また、2020年3月以降は、昨今の新型コロナウイルスの影響による学校休校に対し「バーチャル教室」と銘打ち「Microsoft Teams」というオンラインコミュニケーションツール(チャット、映像通話などに対応)を用いた学校教育機関のオンライン化に向けた取り組みを前面に打ち出している。
学校教育機関用にカスタマイズしたソフトウェアやハードウェアを提供するという形ではなく、共通のソフトウェアのライセンスを各学校教育機関に付与し、パソコンなどのハードウェアについては一般価格よりも割安で販売するなどしている。
尚、2020年5月より東京都教育委員会と協定を締結し、都立高等学校・特別支援学校などの都立学校全 247 校のすべての生徒約16万人と教員約2万人が利用する学習支援サービスとして、「Microsoft 365 Education」が採用されたことを発表した。これによって、学校現場におけるオンライン学習や教員・生徒のコミュニケーションにおいて「Microsoft Teams」等が活用されることとなる。
具体的な提供サービス・商品
Microsoft 365 Education
「GIGAスクール構想」の基準に対応したパソコンの割安販売及び各種Officeライセンスの付与及びそれを活用する教員向けの研修の無償提供、活用事例をまとめたドキュメントの配布などを行なっている。生徒ごとの端末(Windows OS だけでなくMac OSやAndroidにも対応)を一斉管理する「Intune for Education」というソフトウェアも併せて提供している。
Microsoft Teamsを活用した学校の「バーチャル教室」移行
Teams上でのクラスの作成・同僚とのやりとりに加えて、リモートでのオンライン学習に移行しやすいよう、マニュアルや実践事例などを提供している。
2. Google
学校教育機関向けのデバイス及びソフトウェアの提供をメインに行なっている。具体的には、教師による効率的な宿題管理や生徒とのやり取り・管理などを手間なく行なえることを目指したソフトウェア「Google Classroom」、クラウドベースでドキュメントなどの管理ができるアプリケーション「G Suite for Education」、Chrome OS搭載のノートPC「Chromebook」など、これらを合わせて同社の教育サービスの総称「Google for Education」として提供している。日本での導入事例だと、埼玉県で県立・公立高等学校全校で導入されるなど、日本国内で近年シェアを伸ばしている。
具体的な提供サービス・商品
Chromebook
アメリカ、カナダ、スウェーデン、ニュージーランドでは教育用PCとしてシェア1位を獲得。日本では現在10%前後だが、近年シェアを急拡大している。本体価格は、バージョンにもよるが概ね3万円台。
G Suite for Education
アンケートや試験の処理、テストの自動的な採点のほか、「Googleスライド」「Googleドキュメント」など各種アプリケーションを無料配布している。
Google Classroom
クラス管理や教材・資料整理ができるポータルサイトを簡単に作成でき、生徒が先生に質問をしたり宿題を提出できるなど、生徒とのコミュニケーションをスムーズにとることができる。
3. Apple
学校教育機関向けの単価に設定したiPadの販売を主として行なっている。また、ハードウェアと併せて、後述の「Classroom」「Schoolwork」という学校向けのアプリケーションの提供や、授業内外で活用するための教職員向けの指導マニュアルなどをオンラインで提供している。
また、これは補足的な位置づけではあるが、「Everyone Can Create」というビジョンを掲げ、プログラミング教育プログラム「Everyone Can Code」を近年開始した。プログラミング言語のSwiftを幼少期から学べる「Swift Playground」というアプリケーションを2016年にリリースし、アメリカでは2017年12月よりシカゴの全公立学校・全市立大学の50万人がSwiftを学ぶ契約を取り付け、アプリケーションの効果検証などの活動を行なっている。
具体的な提供サービス・商品
Classroom
クラスの生徒それぞれが個々の端末で表示している画面を教員側端末から閲覧したり、個々の生徒の画面を特定のWebページやアプリケーションに移動させることができる。その他、指定した1つのアプリケーションしか使えないように端末をロックするなど、教員が授業内での指導時に活用することを主たる使用シーンとして設計されている。
Schoolwork
授業時間外に各種連絡事項を伝えるための文書配布、課題・宿題配信などを行うツール。生徒個別あるいはクラス全員に配信する機能に加えて、それぞれの進捗状況管理など、授業以外に必要となる機能を提供している。
その他
iPadに含まれる文書作成・表計算・プレゼンテーションといった各種アプリケーションに加えて、音楽制作「GarageBand」、オンライン図工制作「Clips」など、学校の授業科目に合わせた機能強化を行なっている。
まとめ
GIGAスクール構想及び新型コロナウイルスの流行という時流の中で、各社は学校教育機関に対してハードウェアやソフトウェアを配布することに加え、それらをどう活用するかのマニュアルや指導案の配布及び、学校教育機関を訪問してのオリエンテーション活動なども行なっている。地方の自治体や教育委員会、学校教育機関に対して、エバンジェリストと呼ばれる役割を持った担当者が巡っては働きかけを行い、導入を目指している。Google for Educationが埼玉県の県立・公立高等学校全校で導入されたり、先述の通りMicrosoft 365 Educationが東京都の都立学校全校で導入されるなど、その動きは大きな広がりを見せている。
しかし、こうしたIT系の大企業である各社の取り組みが、GIGAスクール構想を受けて学校現場により浸透していく中で、学校教育はどのような変化を辿っていくのかが何より大事なポイントだと考えている。OECDが2018年に実施した教員指導に関する「国際教員指導環境調査」によると、生徒へのICT活用を課題や学級活動で「いつも」または「しばしば」活用させていると回答した日本の中学校教員の割合は17.9%に留まっており、これは調査対象の48カ国・地域で下から2番目という順位であった(OECD加盟国平均は51.3%)。やや厳しい表現にはなるが、世界的に見ると、日本は教育におけるICT後進国となってしまっている現状である。今回のGIGAスクール構想及び新型コロナウイルスの影響による学校の休校措置などによって、配備したパソコンを教育現場で使いこなす・こなさねばならない環境への変化は、学習者である生徒のみならず教員の方々にとっても非常に大きなチャレンジになるであろう。
それにあたって、各学校それぞれが、盲目的にハードウェアやソフトウェアの導入を進め、オンラインでの授業を行うことに終始しない取り組みになることを期待したいところである。今回の新型コロナウイルスの影響による学校休校が起こる数年前から自治体によってはこうしたハードウェアやソフトウェアの導入を進めてきたところもあったが、残念なことに、それが成功事例として誰の目にも明らかな形で発現したり、他の自治体への横展開が積極的に行われてきたわけではない。トップダウンで導入だけは推進されたものの、現場の先生方の足並みが合わずに十分な活用に至らなかったことも少なくない。今回の未曾有の危機の中、過去の繰り返しにならぬよう、先生方一人ひとりが、様々なICTツールを活用した授業実践のあり方のトライアルアンドエラーを繰り返す中で、新たな学校教育機関の形を作っていくことが期待される。その1つの例として、これまで本研究所の記事にて繰り返し述べているところになるが、先生の「人間」としての役割と「テクノロジーに任せてよい」役割の棲み分け、ということになるだろう。純粋な知識のインプットなどのティーチング的な要素は、現在様々な事業体が提供する映像授業などオンライン上の教材に委ね、生徒相互や先生生徒間のコミュニケーション・カウンセリングなど、コーチング的な要素によりフォーカスしていく。そしてその実践をいかにICTツールを活用しつつ実現していくか、ということが、解のひとつとなるのではないだろうか。いずれにせよ、生徒だけでなく現場の先生方もまた、新たな指導法を学び続け、指導力をアップデートし続けることが、今、求められている。
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