第5回 世界のMOOC系サービス5選

はじめに

今回は、2010年代前半期にMOOCという言葉で流行った「インターネットでの映像授業配信」サービスについて、海外事例を中心に眺めていきたい。MOOCというのは、Massive Open Online Course(大規模・公開・オンライン講義)を略した言葉で、大学などの高等教育機関の授業を、場所や時間帯を選ばず、誰でも、無料もしくは低価格で受講することができるサービスの総称を指す(なお、MOOCs:ムークスと複数形で表すこともある)。基本的に無料で参加することができ、映像授業の受講のみならず、受講後の知識定着のための小テストや、参加者同士のコミュニティも用意されているケースが多い。

この言葉自体は、2008年に米国の研究者Dave Cormier氏によって提唱されたものと言われており、以降、米国を中心にサービスが広がるようになった。2011年にはスタンフォード大学が自前のプラットフォーム上で人工知能や機械学習に関するオンライン講座を配信して16万人の受講登録者を集めたことも話題となり、翌2012年にはニューヨーク・タイムズにて「The Year of the MOOC」という見出しのもと、MOOCの興隆への期待が述べられるなど認知も飛躍的に高まり、次々とサービスが立ち上がった。

MOOC系サービスが流行した時期は、様々な「知の流通になる、誰でも学びたい人が学ぶことができる」「テクノロジーの進化による、教育の機会格差の解消である」といったビジョンが掲げられ、多くのベンチャーキャピタルや投資家から巨額の投資が集まっていた。当時どのようなサービスが生まれ、現在に至る中でそれらはどのような変遷を辿ってきたのか。今回の記事では2010年代前半に映像授業配信サービスをローンチしていた主な海外の事業者について取り上げる。

サービス紹介

1. Coursera

スライドを背景に講師が登場するスタイルがメイン(出典:Youtube上での公開動画から)
  • 基本情報
    • 創業年:2012年(米国)
    • 創業者:Andrew Ng氏、Daphne Koller氏(共にスタンフォード大学教授)
    • サービス概要:
      • スタンフォード大学、プリンストン大学など世界のトップ大学の講義を3000コース近く配信しており、公表している会員登録者数は33万人以上としている。ローンチ当初は映像授業について特に編集などはしておらず、大学で行われている講義の録画放映に近く1コマあたりも90分前後という長さであったが、現在は基本的にはあまり講師は画面に登場せず、講義スライドやアニメーションを中心とした設計に変更し、1コマあたりの長さも5-10分前後のものがメインとなっている。
    • 累計資金調達額:
      • US$313M。なお、直近2019年4月には、約3年ぶりにシリーズEとしてUS$103Mという大規模調達を実現している。
    • その他
      • 2017年よりZ会グループと提携し、日本市場に向けたローカライズ・カスタマイズや、Z会グループの利用者に対しての講座提供などを行なっている。
      • 2012年のサービス公開以降、巨額の投資を集めコストを投じてきたが、サービスの継続利用率が一向に上がらない等エンゲージメントが高まらずマネタイズに苦戦。受講をした後に該当大学のコース修了証を有料で発行できるなどのビジネスモデルにもトライしたが色々と迷走した。
      • 直近1年ほどはビジネスをtoBメインに切り替え、コンピューターサイエンスやデータエンジニアリング、マーケティングなど企業の実務としてのニーズが強い分野に集中してコンテンツを作成し、企業内の研修コンテンツとして導入を目指す方針に切り替えている模様。

2. Khan Academy

講師は登場せず、音声及びブラックボードへの手書きの板書で授業を進める(出典:Youtube上での公開動画から)
  • 基本情報
    • 創業年:2008年(米国)
    • 創業者:Salman Khan氏
    • サービス概要:
      • カーン氏がヘッジファンド勤務時代、自身の親戚のお子さんの学習サポートのために映像授業を作り始めたのがルーツ。K-12の基礎的な教科のラインナップのみならず、GMATなども含め、試験対策と関連するコンテンツを提供している。
      • 授業はほぼカーン氏による作成であり、26言語での字幕(ボランティアが実施)を付記して世界に展開している。なお、会員数などは2014年時点で「毎月約100万人」としていたが、以降オフィシャルな公表は行なっていない。
    • 累計資金調達額:
      • 非営利団体であると明言しており、Google社やAT&T社らから寄付されたUS$450Mを資金に運営している。
    • その他
      • 当初は映像授業の配信がメインだったが、次第に、学習効果の向上を企図し「mastery learning」という概念に沿ってプロダクトを更新するようになった。これは効率的な学習において「ある学習内容を完全に習得した上でもっと高度な内容に進むべき」という考え方で、例えば10問連続正解など「mastered(完全に習得した)」の基準を設け、それができると次に進むことができ、間違えた場合はその大元の単元箇所まで遡り、再度そこから1単元ずつ積み上げ直す、というモデルである。
      • 具体的には、Knowledge Mapと呼ばれる「各科目・単元をマッピングし、生徒が習得した単元や、その単元と関連する別単元を可視化しやすい」マップをサービス上で生徒に公開しており、生徒はそのマップを見ることで、自身が間違えた分野と関連している、未完了かつ関連性の強い単元の箇所を知ることができ、そこから改めて遡って学習することができる。
      • この概念自体は、1980年代にはすでに、手作業での教員実践事例があり成果が認められていたのだが、個別カリキュラムが必要であり、かつ教師の負担や教材準備のコストが膨大にかかるという理由で、破綻していたものである。しかしテクノロジーの活用によって上記の理由を解消する目処が立つ中でその実現可能性が高まり、カーン氏自ら、自身のプロダクトに反映したという経緯がある。

3. edX

講師が登場する場合もあるが、編集されたスライドに音声を被せているケースが多い(出典:Youtube上での公開動画から)
  • 基本情報
    • 創業年:2012年(米国)
    • 創業者:ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学
    • サービス概要:
      • 上記の両大学によって共同設立されたサービスで、受講自体は無料で様々な大学の映像授業を提供している。現在は両大学を含めて米国・英国の大学を中心に約60大学が2400コース以上のコンテンツを提供しており(日本からは東京大学・京都大学などが参加)、ユーザー数は累計2000万人と発表されている。尚、各コース修了後にUS$50ほど支払うと、修了証明書が発行される。
      • それぞれの大学が独自に授業動画や付属教材(テキスト・練習問題など)を作成しているため、1コマあたりの長さは2-3分程度のものから1時間以上に渡るものや、アニメーションなどが多く取り入れられている形式から純粋に大学で行われている講義を撮影したものまで、教材のフォーマットは配信する各大学の裁量に委ねられている。
    • 累計資金調達額:
      • 上記の両大学がそれぞれUS$30Mドルずつを出資
    • その他
      • 2013年末にはGoogle社との提携を発表し、edXがコンテンツを提供しGoogle社がプラットフォーム運営を行うとしたが、その後の進捗は明らかにされていない。

4. Udemy

Excel習得コースの様子。実際の画面を動かしながら行われる(出典:Youtube上での公開動画から)
  • 基本情報
    • 創業年:2010年(米国)
    • 創業者:Eren Bali氏、Oktay Caglar氏、Gagan Biyani氏
    • サービス概要:
      • 50,000人以上の講師により13万コース以上が公開されており、MOOC系サービスのコンテンツ規模としては世界最大規模を誇る。他MOOC系サービスと異なる特徴として、誰でも講座を開設してコースを配信することが可能となっており、視聴された回数に応じて収入を得ることもできるという形で、プラットフォームとしての運営を行なっている。
      • コースのラインナップとしては、他のMOOC系サービスのような大学の授業などのアカデミックなものやテクノロジーに関する専門的な知を中心としたものというよりは、むしろヨガやダイエットなどライフスタイルに関わるトピックから、「Excel講座」「Facebookの広告運用スキル」などといった、比較的日常的で対象ユーザーを広く取るラインナップを揃えている。
      • サービス開始当初は無料でコンテンツを配信していたが、近年では有料サービスへと転換しており、コース毎の買い切りで2000円〜5000円の価格帯を中心に提供している(そのコースの提供者が自由に価格設定可)。また、企業向けには、Udemy for Businessというサービス名で、4000社以上の企業と契約し研修パッケージなどを提供していると公表している。
    • 累計資金調達額:
      • 総額US$173Mを調達しているが、最後の調達はシリーズDとしての2016年となっている。
    • その他
      • 日本展開に関しては2015年にベネッセ社と業務提携を結んでおり、以降はベネッセ社の協力を得て、Udemyが作成したコンテンツをもとに、日本人講師による日本語訳のコース提供を増やしている。

5. Udacity

編集されたスライドに音声を被せるのがメイン(出典:Youtube上での公開動画から)
  • 基本情報
    • 創業年:2011年(米国)
    • 創業者:Sebastian Thrun氏(スタンフォード大学教授)
    • サービス概要:
      • スタンフォード大学の教授陣を中心にローンチされたMOOC系サービスの一つで、当初は大学の授業を配信するサービスだったが、徐々にコンテンツのラインナップをテクノロジー業界に関連した講義に寄せており、プログラミング・AI・機械学習・深層学習など、テーマがやや専門性の高い講義を提供するという立ち位置にある。コンテンツはGoogleやFacebook、AT&Tといった企業群の現役社員によるもので、最新技術の講義を受けることができる。
      • 2017年より、無料での講義動画配信に加え、専属コーチから質問対応やコードレビューなどといったサポートを受けながら授業を進められる「FULL COURSES」という月額US$199〜の有料コースを開始している(会員数などは非公表)。
    • 累計資金調達額:
      • 総額US$160Mを調達しているが、最後の調達はシリーズDとしての2015年となっている。
    • その他
      • 日本展開に関しては、Udemyとベネッセ社との関係と同様の業務提携をリクルート社と結んでおり、以降日本語訳のコース提供を増やしている。

考察

MOOCという言葉が登場し始めた2010年代初頭は、上述のようなサービスが「教育業界におけるイノベーション」として紹介されることが多かったように記憶している。多くの人にとって教育業界というのは、ある種旧態依然という言葉が非常に当てはまる領域であり、だからこそインターネットなどテクノロジーを活用することでその古い文化を打破し「誰でも、無料もしくは低価格で、高品質の教育にアクセスすることができる」というビジョンが非常に聞き心地がよかったのではないだろうか。結果、EdTechという領域において、ほとんど ≒ として数々のMOOC系のサービスが認知され、多くの期待を集めることになったと理解している。

そうした流れで始まったMOOC系サービスは、上述の通り2010年代前半に世界中の数あるベンチャーキャピタルや投資家から巨額の出資を集めており、MOOCという言葉は一時期に世界全体でバズワードとなった。しかしながら、その後順調に成長したというケースはほとんど例を見ず、数年間伸び悩む時期が長かったように思う(それはEdTech領域に限らない話ではありつつも)し、IPOやエグジットまで到達したサービスはほとんど例を見ず、何より、世界中の人が日常的に使うようなサービスになっているものが見られないと言ってよいだろう。

上記を中心としたEdTechの事業者の方々に対し、後出しジャンケンのようで恐縮ではあるが、その原因や背景に目を向けると、サービス・コンテンツのクオリティそれ自体の問題や、ターゲットとする生徒の層(例えばK-12なのか、adult edcationと呼ばれる社会人領域なのか)など要素は様々あれども、第1回の記事で記載したように、いずれのサービスも、課金率や受講完了率の低さといった「生徒が勉強しない・続かない」というイシューに悩まされる時代が続いたと理解をしている。もちろん、こうしたサービスの登場によって解決された課題も多分にあり、自分で学習を継続することができるモチベーションやその状況を作り出すことができた人にとっては、これまでアクセスすることが叶わなかった様々な学習機会を手に取ることができるようになり、上述した「知の流通」「学びの解放」といったビジョンが一定程度実現されてきたと言ってよいだろう。しかしながらその一方でこれまでの間、モチベーションを一人の力で維持し続けることはなかなか困難であり、人間はそもそもが怠惰であるとも言える中で、どれだけ良質な学習コンテンツをインターネット上で提供したとしても、突き詰めれば「どのように、そのサービスを活用するか」「いかにして、継続する仕組みを用意するのか」という問いに対する答えを、明確に示すことができていなかった事業者が多かったのではないだろうか。

それは、どう活用するかを明確に示せているか、もしくはそれを示すことができる相手と組むことができているか、ということに尽きるのではないだろうか。どれだけ便利なプロダクトを作っても、それ自体は教材に過ぎず、本棚に整理されている百科事典と同じである。それを本棚から出して、どのように使うのか・どのように勉強させるのか、という学習体験全体の設計がなされてこそ初めて、こうしたMOOCをはじめとするテクノロジードリブンのサービスは広がっていくのだろうと思う。逆に言えばそのサービスの「活用」にコミットできていなかったことが、2010年代初頭に「教育業界のイノベーション」と至る所で言われ巨額の投資を受けながらも、いまいちスケールして来なかった、或いはスケールに長い時間がかかってしまったことの原因ではないだろうか。

今回取り上げたいくつかのサービスのうちで言えば、サービス開始してから数年を経る中で今改めて再成長を始めているCourseraは、サービス開始初期の「ただ映像授業を配信する」というモデルから、企業の研修という、言うなれば「活用させるための梃子」を企業内の研修に見出すというピボットを図ることができた・もしくはそれにチャレンジしているが故、という見方ができるのではないかと考えており、こうした過去の痛みやそれに伴う先駆者の学びは、EdTech事業者は真摯に受け止めなければならないだろう。便利なサービス・プロダクトを作れば自然に広まるはずであるという聞こえのいい言葉に惑わされることなく、しっかりと「どう使うのか」に拘りきることのできるEdTechの事業者が、真の意味での教育業界にとってのイノベーションを生み出すsilver bullet(銀の弾丸:特効薬の意)となりうると考えられるのではないだろうか。

2019年12月9日