第1回 グローバルEdTech市場のまとめ
atama+ EdTech研究所ブログの第一回は、「EdTech」と呼ばれる領域のカオスマップを眺め、中でも代表的なサービスについていくつか取り上げようと思う。
1. そもそもEdTechとは何か?
EdTechとは、Education(教育)とTechnology(テクノロジー)を合体させた造語で、初等教育から高等教育、はたまた社会人に到るまでのあらゆる「学び」の領域を、テクノロジーの力を通してイノベーションを起こしていくビジネスとして、世界規模で注目を集めている。
市場規模の動きとしては、米国MarketsandMarkets社の調査によると、世界のEdTech市場は、2015年は5.2兆円規模で、2020年には11.2兆円、CAGR(年平均成長率)16.72%というペースで拡大すると予測されており、日本国内では、2016年実績で1,691億円、2023年には3,103億円にまで伸びると言われている。
今回、本記事では世界のEdTech業界の中で、どのような領域においてどのようなプレーヤーがいるのか、その外観や潮流を掴むことをゴールとしたい。以下のようなスコープにおいて過去3年の間にUS$10M以上の資金調達実績がある35社をリストアップし、5つのカテゴリーに分類して、以下とした。(調達額に関する出典:CB Insights)
対象スコープ
- K-12及びHigher education領域(日本で言うところの“幼稚園の年長から大学卒業年次まで”)
- テクノロジーを活用していること
- 基礎教科(日本で言うところの “英数国理社” )を中心とした伝統的な学習領域
- 対象エリアはグローバル
- 学校内利用か否かは問わない
- 過去3年の間にUS$10M以上の資金調達実績がある
※サービスを提供されている事業者の方で、マップへの抜け漏れのご指摘や訂正がありましたらご連絡ください。
※各社・サービスのロゴを使用させて頂いておりますが、問題のある場合にはご連絡いただければ速やかに削除等対応致します。
2. サービスの分野マッピング
EdTech業界のマッピングは、次のような5種類に大別した。
- コンテンツ提供・配信型サービス
- チュータリング型サービス
- 語学習得系サービス
- 学習管理・校務管理サービス
- その他
3. 各分野ごとのサービス紹介
(1)コンテンツ提供・配信型サービス
概要
いわゆる「EdTech」として、多くの方が認知されているサービスは、だいたいここに当たるのではないだろうか。教室や塾・予備校などで行われてきた伝統的なスタイルを、インターネット上で受講可能にしたもので、日本に限らず「受験」が熱いインド・中国・ブラジルなどの国において巨額の投資を集めるサービスが存在している。
映像授業の配信に限らず、質問対応機能など設けているものもあるが、ここではメインとして「映像授業配信」「コンテンツ配信」を行なっているサービスを取り上げることとする。
サービス一覧
BYJU’S(2011年創業@インド、累計US$1040M調達)
- URL : byjus.com
- Grade4〜Grade12(日本での小4〜高3にあたる)の生徒向けの授業動画配信サービスで、JEE試験(インドでのセンター試験的な位置付け)対策の各教科コンテンツを網羅している。有料会員は年間40万人と言われている。
- オンデマンドの映像授業配信がメインプロダクトで、講師が映像授業の中で3Dコンテンツを使って授業をするなど、映像コンテンツの作成方法を非常に工夫している。また、わからない箇所については電話もしくはインド内のリアル塾教室にて、無料で質問を受け付けている。
- インドの有名カリスマ講師(BYJUさん)による塾を起源としている。2003年から個人塾を開業し、2011年にVCから資金調達してオンライン予備校メインの事業に転換している。
- カリキュラムについては、学習進捗に応じてAIを活用した個別最適化した調整が可能としている。
- 直近2年でUS$900M調達しており、特に2018年12月にはシリーズFで総額US$540Mという巨額の調達を実現しており、2019年3月にはシリーズGでTencent社などから総額US$31Mを、さらに6月にはUS$150Mを調達している。インド国内外の教育スタートアップの買収や、英語圏をはじめとした海外展開、オンラインプロダクトの活用と絡めたハイブリッド教室などを拡張する目的のためと発表している(2019年7月時点、18教室を展開)
Toppr(2013年創業@インド、累計US$67M調達)
- URL : toppr.com
- Grade5〜Grade12(日本での小5〜高3にあたる)の生徒を対象とした、インドの受験対策のための各教科ごとのアセスメント・大量の練習問題・補助教材を提供している。オンライン模試でのアセスメント実施→サイト上で問題演習・映像授業の視聴→わからない箇所に関してはアプリ上のチャット機能で、Topprの専属講師に24時間質問ができるという学習サイクルになっている。
- 当初は大学受験医学部対策に特化していたが、ここ2年ほどは、学校の標準カリキュラムや、中学/高校/受験対策にも対応できるようラインナップを拡充している。
- 価格は年間$600-$800とやや高め。有料会員数は公開されていないが、アプリのダウンロード数は、2014年には50万件だったが2018年は400万DLまで増加したと発表している。
- 直近2年でUS$53Mを調達しており、特に2018年12月にAlteria Capital社やBrand Capital社から総額US$35Mの資金調達を実施しており、今後はブランド認知の向上、ユーザーとの物理的な接点強化(オフライン塾の展開など)、プロダクト開発への投資に使用すると発表している。
Descomplica (2013年創業@ブラジル、累計US$31M調達)
- URL : descomplica.com.br
- 大学受験対策コンテンツとして、各教科ごとにGrade6〜Grade12(日本での小6から高3まで)のオンデマンドの映像授業・LIVE授業・オンラインチュータリング・答案やエッセイなどの添削(WEB上でファイルをアップロードすると、1〜2週間以内に添削された結果が返却される)の4サービスを展開している。
- ローンチしてしばらくの間は、録画コンテンツを作りこむことに注力していた(生物の授業で、講師がアマゾン川に実際に行って説明する等)が、この1-2年ははそうした録画の映像授業コンテンツよりもLIVEストリーミング配信の授業を増やす方針に舵をきっている。LIVE授業は難易度、分野によって細かくコースを区切ったラインナップを整備し、年間約1万本を配信しており、配信後はアーカイブ化しWEB上で視聴可能にしている。
- オンラインチュータリングは、LIVE授業の補講的な扱いとして行われ、チューターが先週分の授業で質問が多かった箇所を中心に、教材の該当箇所をスクリーンシェアして補足説明が行われる。1:1ではなく、小規模クラス(最大40人)での実施となっている。
- Freemium機能はなく、基本プランは「LIVE授業の視聴可能数は1日8本まで」で月額800円程度。追加したい場合は都度で追加課金となる。
- 無料会員も含めた累計生徒数は1200万人と発表しているが、現在の有料会員数は公式には発表されておらず、おそらく20万人前後ではないかと言われている。直近2年でUS$17Mを、Amadeus Capital Partners社、Social Capital社らから調達している。
(2) チュータリング型サービス
概要
ここ2−3年の間のEdTech領域における潮流の一つとして、チュータリング型サービスの存在は欠かすことができないだろう。聞き慣れない言葉かもしれないが塾や予備校における「チューター」を思い浮かべていただくと、イメージがつきやすいかもしれない。全ての提供価値をテクノロジー・プロダクトによる実現に寄せ切るのではなく、人間の介在価値に焦点を当てたサービスが注目を集めている。
サービス一覧
Yuanfudao(2011年創業@中国、累計US$544M調達)
- URL : yuanfudao.com
- 中国におけるEdTechの王者的なサービスで、オンラインでのLIVE映像授業配信と1:1チュータリングセッション(質問対応)を、Grade3〜Grade12(日本での小3から高3まで)の全教科を対象として行なっている。先述のBYJU’Sとは異なり、講義動画の録画コンテンツは提供していない。
- LIVE授業は年間40,000円前後で、1:1チュータリングセッションは1回あたり1,500-2,000円前後から500円前後のものまで様々である(年間受講できるコマ数に応じてボリュームディスカウントしている)
- この2年ほど特に資金調達を強化しており、2017年から2018年にかけてシリーズE〜Fラウンドで総額US$420MをIDG Capital社やTencent社から調達。
- 有料会員数は公表されていないが、おそらく2017年時点で100万人前後とされている。無料会員を含めた生徒数は2018年時点では1.6億人と発表されており、さらに急伸中。
- 事前に用意してある授業準備用の教材(PDF)をチェック→授業に参加→授業終了後、オンライン上で復習問題を解く、という流れで、その正答率に応じてカスタマイズされた様々なLIVE授業がレコメンドされるという学習サイクルとなっている。
(3) 語学学習系サービス
概要
語学習得を目的として提供されるサービス形態。基本的には担当講師がオンラインで会話形式のレッスンを展開するのが主流であるが、単語・熟語や文法事項の暗記、発音のAIによる矯正など、Speaking以外も含めたトータルサポートを高品質で提供できるサービスが増えつつある。
サービス一覧
Vipkid (2013年創業@中国、累計US$825M調達)
- URL : www.vipkid.com.cn
- 4歳~12歳向けの中国の子どもと北米のネイティブ英語講師をオンライン上で1:1で繋ぐ、子ども向け英語教育サービスで1レッスンは25分。
- 講師はオンライン教材を使いながら、対話重視で授業を進め、授業終了後に講師は生徒の親に授業の内容や子どもの習熟度合いなどを送り、親はモバイルで確認できる。生徒は授業後にオンラインで宿題や復習を行い、オフラインの復習教材を併用しながら習熟度を高める。
- やや高単価(1回あたりのレッスン平均1,500円~2,000円)で設定し、それでも払える人を対象にするという発想。講師は米国の学校での授業経験がある人を厳選し、7万人ほどの講師を雇用。高クオリティな授業レッスンによる差別化を図っている。
- 有料会員数は50万人と発表されており、売上は1,000億円近いと言われている。さらに直近2年でLearn CapitalやSequoia CapitalらからUS$700Mを調達しており、さらに事業拡大を目指している。
(4) 学習管理・校務管理システム
概要
学校など教育機関におけるオペレーションコストのかかる部分をデジタル化することで、成績管理や生徒管理などの簡素化を目指すサービス形態。
サービス一覧
17Zuoye(一起作业) (2007年創業@中国、累計US$335M調達)
- URL : 17zuoye.com
- サービスの意味である「一緒に宿題」の通り、「宿題」をキーワードに、オンラインで学校の先生・生徒・保護者の3者が交流できる学習プラットフォームを提供している。
- 学校の先生には授業前準備の教材提案など指導支援を提供しており、生徒はオンライン上で学校の先生が出した課題や模擬テストに生徒が解答すると、保護者にフィードバックが届く仕組み。宿題の正答率に基づき、AIによる、生徒一人ひとりの学力に合わせて、テキストやLIVEでの映像授業など、補習コンテンツ提供による課金を行なっているが、その他の機能は全て無料で使うことができる。
- 中国の12万校・6,000万人に導入され、登録ユーザーのうち学校の先生は約250万人と言われている。毎月100万以上の新規ユーザーが獲得できていると発表している。直近2年でBytedanceらからおよそUS$250Mを調達している。
ClassDojo(2011年創業@米国、累計US$64M調達 )
- 学校の先生・生徒・保護者を繋ぐプラットフォームサービス。先生と保護者のコミュニティ的な位置付けとして、メッセージのやり取りや写真や映像データファイル共有などを行うことができる。
- 教室内での授業態度に関する先生の生徒へのレビューポイント(positive/negativeボタン)を担当クラスの生徒全員が見える仕組みになっていたり、授業風景の写真・ファイル投稿、宿題連絡などを行うことができるようになっているため、保護者にとっても、自分の子供が学校で何をしていたのかが可視化される。
- 35言語に対応しており、世界180ヶ国で1,500万人の生徒が利用し、先生からのメッセージ送信数は週あたり27万回と発表されている。
- 2019年にはGeneral Catalyst社やGSV Capital社からシリーズCとして$35Mの調達を行っている。
(5) その他
上記の分類には含まれないが、教育領域と言える範囲でユニークなサービスを最後に紹介させていただきたい。
Quizlet (2016年創業@米国、累計US$32M調達)
- URL : quizlet.com
- 単語カードをアプリ上で簡単に作成したり他の人と共有することができ、一問一答形式で知識の確認を行うCGM型のサービス
- 2018年にAltos Ventures社らから、シリーズBとしてUS$20Mを調達
近年のEdTechサービスの興隆に対する見解
EdTechの興隆の歴史はKahn AcademyやUdacityをはじめとした米国発のスタートアップが勃興し、インターネット上での映像コンテンツ配信を行うことによって、無料もしくはインフラ並みの低価格で誰でもいつでもどこでも良質な学習ができるという、いわゆる教育格差の解消というミッションに訴えかけたサービスへの期待が集まり始めた2010年前後まで遡る。しかし、これまで数多の映像コンテンツ配信サービスが生まれてきたが、ここ数年間の中でのEdTech領域における重要な結論の一つは「映像コンテンツの提供だけでは、教育機会格差の解消には十分ではない」と言ってよいだろう。
先述のサービスを中心とした映像コンテンツ配信に閉じたサービスでは必ずしも大成功を収めたとは言えず、程度の差はあれども、いずれのサービスも、課金率や受講完了率の低さといった「生徒が勉強しない・続かない」というイシューに悩まされる時代が続いた。PCやスマートフォンの普及、及びテクノロジーの台頭により、勉強したいと思う人は誰でもアクセス可能な状態が実現されたものの、どれだけ良質な学習コンテンツをインターネット上で提供したとしても、「沢山コンテンツがありすぎて、どれから始めればいいのかわからない」といったやるべきことの取捨選択力の格差及び、「インターネット上で、一人だと、勉強を続けられない」といったモチベーション格差をどのように解消するかこそが、EdTech領域の事業者たちが向き合うべき真なる問いであると、明らかになってきたと言えるのではないだろうか。
事実、映像コンテンツ配信サービスを当初始めた各事業者は、軒なみ、コンテンツ配信単体モデルから、ゲーミフィケーション機能の拡充・コース修了証の発行など、オンライン上での学習者に対する学習継続のためのインセンティブ設計に苦慮する歴史を経て、近年では、YuanfudaoやVIPKIDといったような、良質な映像コンテンツの配信に加えて、学習状況に応じたカリキュラムのカスタマイズや人間(チューターやコーチ)による伴走をセットにして提供するといったような「学習者への個別具体的なケア」「伴走者という存在によるモチベーション維持向上」という観点であったり、Courseraのように、(一時期は大学の講義動画を広く網羅しエンドユーザーに届けようとしたがうまくいかずピボットを繰り返していたが)この1年ほどは企業研修用として導入されやすいコンテンツ(例えばコンピューターサイエンスやデータサイエンスといった領域)に制作資源を投下した上で企業導入を推進することでの「企業内の研修という強制力の醸成」をうまく導くというような、関わり方は様々であれども、全てをオンライン上のテクノロジーのみで解決しようとせずに、オンラインで担保すべき範囲とオフライン・リアルで担保すべき範囲の住み分けを丁寧に整理することのできる・できたプレーヤーが、昨今のEdTech領域で台頭するようになってきているのではないだろうか。
まとめると、「テクノロジーの力✕良質なコンテンツ✕リアルな価値(人・場所・仕組みによる学習行動へのコミットメント)」の掛け算の総和をどれだけ大きくできるかが勝負の分かれ目であり、その可能性がより大きなサービスに、世界中の投資がより顕著に集まるようになってきており、この潮流はしばらく続くのではないかと思われる。
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