第2回 教育領域における各国の動き(後半)

前回の中国・米国・インドに関する記事に続き、今回は日本・ブラジルについて扱った後、考察について述べていきたい。

各国紹介4. 日本

基本情報(2019年時点)

人口1.26億人
GDP現在:4.8兆ドル(2017年度)
2030年予測:6.0兆ドル
インターネット普及率83.50%
教育制度の外観・6-3-3-4制をとっており、大学受験制度に関しては共通試験である大学入試センター試験(改訂予定)及び各大学ごとが個別に実施する試験が存在し、その二つの結果もしくは片方の点数を元に合否判定される。
・大学ごとが個別に実施する試験については近年多様化しており、大学ごとにAO入試や推薦入試も含めた多様な形での選抜方式が採用されている。
・近年、21世紀における必要な学びのあり方を捉え直し、教育課程や大学入試制度のリニューアルに向けた議論が政府中心に行われている。

政府の教育領域への動き

日本における教育領域への政府の動きは、ここ数年活発な動きを見せている。2018年に文部科学省・経済産業省より相次いで未来の学びのあり方についての報告書や提言書が公開されており、それぞれの省庁での概要について簡単にまとめると以下のようなものとなる。

文部科学省

経済やテクノロジーの潮流の変化が激しい、大きな社会変革の真っ只中にいる中での時代を生き抜くことのできる人物像の再定義及びそのための教育改革という大方針の元、2020年を教育改革の一つの転換点として定め、主に「学校教育改革」と「大学入試改革」の二本柱での推進を行なっている。

学校教育改革としては、知識や技能を習得するだけではなく、それを元に「自分で考え、表現・判断し、実際の社会で役立てること」を重視しており、具体的には教室内での「アクティブ・ラーニング」の推進や、英語4技能の充実・プログラミング教育の必須化など学習指導要領の改訂を進めている。

大学入試改革としては、現在の択一式の大学入試センター試験を廃止し、新たに記述試験や英語4技能などを加えた形で「大学入学共通テスト」を実施すると発表し、十分な知識・技能だけでなく、それらを基盤にして答えが一つに定まらない問題に自ら解を見いだしていく思考力・判断力・表現力という3要素を問う形での入学者選抜に変えていくという方針を提示している。

経済産業省

2018年より「未来の教室とEdTech研究所」というコンソーシアムを創設し、注目を集めている。これはアメリカ・中国等で急速に進展するEdTechのイノベーションや国を挙げた教育改革の進展を把握しつつ、日本の学校教育現場が目指すべき「未来の教室」の姿と、そのために必要なEdTechの開発&導入の課題と対策について、定期的に有識者を招いての勉強会を実施したり、EdTech事業者との実証事業を行ったりしている。

民間サイドの教育領域への動き

概況としては、従来より「学習塾」「予備校」といった私教育の市場が存在していたが、都市部に集中しがちであることや、費用面での高騰などにより、地理的格差や家庭の経済的格差が問題となっていた。その背景の中、テクノロジーの発達に伴い2010年前後からインターネットを活用した学習サービスが「EdTech」と呼ばれる形で興隆を見せ、特にオンライン上での映像授業視聴のサブスクリプション(月額課金)モデルが主流となり、塾・予備校に留まらない形での成長を果たした。

しかしながら近年では、他国における多くのEdTech系サービスがそうであるように、オンライン上に完結したサービスだと学習者のモチベーションの維持向上に難があり「勉強の強制力を担保できない」という課題を解決するため、学校内利用や塾内利用を軸としたサービスやビジネスモデルへとシフトしつつある。

サービス紹介

スタディサプリ

  • サービス概要:リクルートが運営する、月額980円で有名予備校講師の映像授業をオンラインで受講できるサービス。学校教員向けの学習管理ツールや難関大の現役大学生がオンラインチャットで学習を伴走するコース等も提供。有料会員数は2019年3月時点で、64万人・導入校数2300校と発表している。
  • 開始年:2013年
  • 主な資金調達先:なし(リクルートによる運営)

Classi

  • サービス概要:ベネッセとソフトバンクの合弁会社が運営する、高校・中学校を中心に学校教員が宿題や小テストなどを配信する学習管理サービスで、学習コンテンツ・生徒カルテ・コミュニケーションの3機能を軸としている。月額300円としており、2019年3月時点で、利用者数116万人・導入校数2500校と発表している。
  • 開始年:2014年
  • 主な資金調達先:なし(ベネッセとソフトバンクによる共同出資)

atama +

  • サービス概要:Edtech系スタートアップのatama plus社により提供されている、AIによるパーソナライズド学習を実現し、生徒一人ひとりに最適な教材を提供するサービス。現在は主に中高生向けの塾・予備校に対して提供されており、現在500教室以上に導入されている。
  • 創業:2017年
  • 主な資金調達先:DCMベンチャーズ、ジャフコより累計約20億円を調達

各国紹介5. ブラジル

基本情報(2019年時点)

人口2.09億人
GDP現在:2.5兆ドル(2017年度)2030年予測:4.9兆ドル
インターネット普及率67.4%(2017年度)
教育制度の外観・5-4-3-4制(高校中退者が多く、大学進学率が30%程度とされている。)
・受験は大学受験のみが一般的で、ENEMという日本のセンター試験に相当する全国共通筆記試験(10〜11月に実施)と各大学が実施する一般入試(10月〜翌年1月に実施)がある。
・ENEMは公立大学が合否に利用するほか、私立大学の奨学金支給可否にも利用される。受験者数は年々増加しており、2018年も約800万人が受験した。
・一般入試はENEMのスコアと合算するケースと、一般入試独自の合格枠を持つケースと両方存在する。

政府の教育領域への動き

ブラジルは、これまで取り上げてきた国々とは様相が異なっている。ここ数年、経済成長・変化に伴い、ENEMの受験人数や大学進学率が急激に伸びており、公立大学30万人の枠を800万人以上が争うという、いわゆる受験戦争の加熱化が増している。(公立大学は、門戸は狭いが無償でかつ質が高いため、非常に人気がある)

私立大学も含めると1学年100万人近くが大学進学し、うち予備校通塾層は30~60万人程度といわれているが、その一方で、OECD加盟各国と比較した時の学力水準が全体平均を大きく下回っている・飛び抜けて高い中退・退学率・高等教育を受けていない成人の割合が世界最大である等々、OECD加盟国に置ける教育水準のばらつきが非常に大きい課題である国の一つとなっている。

GDPと政府の教育領域に対する公的支出の割合は5.5%と加盟30か国中7位(2016年時点統計)と比較的高水準にあるものの、子供の数の急激な増加に伴い、生徒一人当たりの支出は依然としてOECD加盟国全体の中でも下から二番目に留まっており、教員の給与も高水準とは言い難く品質の担保された教員の確保が現状難しく、政府としてはこれまで取り上げて来た中国や米国のようにEdTech等の新しい学び方への投資というよりはまず、教員の法廷給与最低額の引き上げなどに投資を行なっている。

民間の教育領域への動き

貧富の差が激しい社会において、無償・高品質・卒業後の高収入の保証という観点から公立大学に対する人気は非常に高く、高校卒業後働きながら公立大学入試の準備を行なう者も多い。そうした中で、高単価の塾・予備校に通うことができない非富裕層に対して、低価格で高品質な教育サービスを提供するEdTech系の民間サービスへの需要が非常に高まっている。

サービス紹介

Descomplica

kroton

  • サービス概要:大学運営を主事業とするブラジル最大の教育企業で、時価総額は2019年時点で57億米ドル。教材販売や、学校経営、学校向けのシステム提供&コンサルティング事業の運営など、教育におけるフルスタックサービスを展開している。2018年にはブラジル国内のNo.2の規模の教育系企業Somos社を18億米ドルで買収するなど競合他社や現地の大学を買収して事業拡大する戦略をとっており、現在ブラジル国内における圧倒的No1プレーヤーとなっている。
  • 創業:1966年
  • 主な資金調達先:上場企業

考察

これまで二回に分けて、いくつかの国における教育領域に関する取り組みを政府・民間と分けて取り上げて来た。概観として、政府がEdTech教育やSTEM教育といった方針を打ち出したり具体的な政策として動き始めるに先だって、民間サイドでそうした領域のサービスが盛り上がりを見せていたという状況がある程度共通していると言えるのは非常に面白い。

その背景には、テクノロジーの発達やスタートアップを取り巻く環境の大幅な変化により、時代のニーズに合わせたサービスが多様に生まれやすい環境となっていることも、一つの要因と言えるだろう。そうした今日において、政府が国としてのグランドデザインを設計するにあたり、民間から発信されてくるベストプラクティスを収集・整理→方針・提言としてまとめる→より展開されやすくなるよう法制度整備も含めて推進という流れとも言える。

その中で、日本という国に目を向けた時、先述の通り学校教育改革やEdTechやSTEM教育に関する研究がスタートするなど、ようやく動き始めたというフェーズではありつつも、政府・民間サイド共に、他国の規模感やスピード感と比較すると、正直まだまだ見劣りしてしまうというのが、フラットに評価した時の日本の現状ではないだろうか。

三井物産戦略研究所が発表したレポートによると、各国のGDPの規模と教育市場の大きさはおおよそ比例している。今回取り上げた各国政府の動きも民間サイドの動きについても、第一回の記事で書いた通り、過去3年の間でEdTechのマーケットにおいて10億円以上を調達しているサービスの拠点となっている国はアメリカ・中国・インドが中心であり、今回GDP順で上位にランクインした国々と、非常によく似た顔ぶれが並んでいる。そうした、GDPの規模という観点から日本という国を眺めたとき、教育領域とりわけEdTech領域における発展進捗の度合いは、インターネット普及率も際立つ高さである中でいうと「まだまだこれから」というところかもしれない。

それは政府サイド・民間サイド双方が、これまで以上に教育領域に対する様々な側面でのアプローチを行い、眠れるポテンシャルを大いに呼び起こす必要性を意味するものであり、近年諸外国においてスタートアップも含めた民間サイドによるマーケットの興隆がある種「未来の当たり前」を作る一歩目となる事例も多く生まれていることを踏まえた時、EdTech領域におけるスタートアップが質・量共に増え、この領域をさらに盛り上げていくことが、将来的に日本という国全体における教育環境のさらなる発展に寄与するものと信じて止まない。