第3回 EdTechを研究する世界の大学3選
今回の記事では、学習・教育領域について研究活動を行なっている高等教育機関(ここでは大学・大学院のことを指すものとする)について紹介したいと思う。EdTechという言葉の登場自体が2010年前後であり非常に新しい分野であることから、そうした分野をどのように学問として扱っているのかに関する事例も挙げながら、広く教育学という学問領域における、世界の大学と日本との現状比較と、今後についての考察を述べたいと思う。
具体的なアプローチとしては、世界の大学ランキングを学問分野別に公開している「QS World University Ranking 2019」を元に、教育領域において上位20位をまとめ、各校がどのような取り組みを行なっているかを紹介したい。
Education領域の世界ランク上位20位
(元データ:世界大学ランキング教育学領域 2019年度)
1 | University College London | 英国 |
2 | Harvard University | 米国 |
3 | Stanford Unversity | 米国 |
4 | University of Oxford | 英国 |
5 | Cambridge University | 英国 |
6 | University of Hong Kong | 中国 |
7 | University of Melbourne | オーストラリア |
8 | University of California, Berkeley | 米国 |
9 | Education University of Hong Kong | 中国 |
10 | University of California, Los Angels | 米国 |
11 | University of Toronto | カナダ |
12 | University of Sydney | オーストラリア |
13 | Columbia University | 米国 |
14 | Monash University | オーストラリア |
15 | The University of Queensland | オーストラリア |
16 | Nanyang Technological University, Singapore | シンガポール |
17 | The University of Auckland | ニュージーランド |
18 | University of British Columbia | カナダ |
19 | University of Wisconsin-Madison | 米国 |
20 | University of Michigan | 米国 |
(日本国内の最高ランクは東京大学の第79位、次点で京都大学の第157位)
世界ランキング上位3大学紹介
第1位:University College London (英国)
大学紹介
1826年設立、通称UCL。英国ロンドン市にキャンパスを置く、Cambridge、Oxfordと並び英国トップ総合大学の一つ。QS World University Rankings において2007年以降常に世界のトップ10以内の評価を受けており、日本では初代内閣総理大臣である伊藤博文や森有礼など、明治維新に大きな影響を与えた人物が学んだことでも知られる。中でもInstitute of Education(教育学研究科)は、教育学領域において6年連続で世界ランク第1位となっている。
教育学コースの概要
- 機関名:Institute of Education
- URL:https://www.ucl.ac.uk/ioe/
- 開講コース例
- MA Education and International Development
- MA Early Years Education
- MA Educational Leadership
- MA Education and Technology
- MA Teaching English to Speakers of Other Languages
大学での研究活動例
各コースに共通する特徴としては、大学外との連携が強固であるという点と言える。先行研究を軸とする伝統的なアプローチに加え、世界各国の政府・省庁や各種教育機関・民間企業との共同研究を行うことに重きを置いている。大学自体がリベラルな学風を掲げていることもあり、研究にあたっての提携先を大学が指定するケースは稀で、過去の提携先の中からもしくは新規の提携先を学生が各自でアレンジをすることが求められることが多い。
尚、英国の大学院全体の特徴の一つとして、修士号を1年で取得できるという点がある。日本だと通常2年で取得することになっているカリキュラムを1年で詰め込む形になる(コース開始後に、2年コースに変更することもできる)。その1年間の大まかなスケジュールは以下のようになっている。
いわゆる講義形式の授業や学生同士によるディスカッションを中心としたグループワークは上半期(10月〜3月)に寄せられており、各コースにおける具体的なイシューや先行研究について体系的に学ぶ。1コースあたりの学生人数は30人前後と、比較的少人数形式での運営がなされている。
下半期(4月〜8月)は主に論文執筆の期間となるが、大学外での活動を通しての研究活動が重視されている。3月にはほぼ全ての授業が終了し、その後の約5か月間は、自身の研究テーマに即した共同研究先をアレンジすることが求められる。研究テーマにもよるが実際に現地に移り住んでリサーチを行う学生もおり、大学のあるロンドン以外の場所で研究活動を行う事例が目立つ。
EdTech領域に関して興味深い事例をあげるとすれば、一つはMA Education and Technologyという名称で、専門のコースを設置していることであろう。Learning Design for Blended and Online Education(混合・オンライン教育のための学びのデザイン)、Artificial Intelligence and Data Analytics in Education(教育におけるAI活用とデータ分析)など、8つのモジュールを提供している。そしてもう一つは、UCL Knowledge Labという組織の存在である。このコースの学生はラボに所属し、通常の講義やゼミナールの受講に加え、UCL内外のコンピューターサイエンス専攻の学生・スタッフらとの共同研究を行うことが可能となっている。研究テーマにもよるが、実際にプロトタイプの作成を求められるケースも多く、ラボに所属するエンジニアと共同してWebサービスやスマホのアプリを作成し、ロンドン内外の学校機関、政府機関や教育系企業との共同研究プロジェクトを通しての実証研究を行う事例などもある。学生自身もコードを書く場合もあれば(Pythonなどの汎用プログラミング言語習得のためのサブコースも用意されており、受講が推奨される)、Tech系の企業でいうところのプロダクトマネージャー的な役割としてその開発を指揮する場合など、関わり方は様々であるが、研究内容を実社会にどのように関連づけるのかであったりも含め、アウトプット(成果物)に重きを置いた研究活動が大学全体として推進されている。
第2位:Harvard University(米国)
大学紹介
米国マサチューセッツ州に位置する米国最古(1636年創設)にして、各種の大学ランキングでは常に最上位に位置する米国屈指の名門大学の一つである。その伝統と教育水準の高さを現在も維持しており、2019年8月時点で、8名の歴代米国大統領、48名のノーベル賞受賞者を輩出している。また、卒業生や企業からの寄付や資産運用により、4兆円以上とも言われる大学基金をもつ。日本では、ノーベル賞受賞者の野依良治氏、バイオリニストの五島龍氏、実業界では楽天株式会社CEOの三木谷浩史氏など多様な分野に富んだ卒業生を輩出している。
教育学コースの概要
- 機関名: Harvard Graduate School of Education
- URL:https://www.gse.harvard.edu/masters/tie
- 開講コース例
- MA Education Policy and Management
- MA International Education Policy
- MA School Leadership
- MA Technology, Innovation, and Education
- MA Human Development and Psychology’
大学での研究活動例
ハーバード大学の教育学大学院における各コースに共通する特徴としては、ハーバードケネディスクール(公共政策大学院)との合同授業の多さなどに表出される、政策的なアプローチという側面において強みをもつ研究環境という点だと言える。中でも特に現場での実践研究に焦点を当てており、教育学大学院のコースの多くにおいて、授業の一つとして公的機関でのインターンシップが必修として組まれている。後述するが、スタンフォード大学ではカリキュラムとしてのインターンシップは特に組まれておらず、プロトタイプ作成などの成果物に重きが置かれているなど、ハーバードvsスタンフォードの対比要素として、しばしば取り上げられる特徴の一つである。
スケジュールは、上述のUCLと同様1年間での修士号取得を目指すが、開始後に2年に変更することもできる。大まかに述べると、9月〜4月ごろまでかけて講義・グループワークを行った後、おおよそ5月前後に行われるインターンシップに参加、そして以降は論文の執筆という形で構成されており、インターンシップに関しては、大学から提供されるプログラムの中から、いずれかを受講することとなっている(例:ボストン周辺の先進的な学校や政府機関との共同プロジェクトの実施など)。
1コースあたりの人数が60〜80人と大規模であり、様々なつながりを作りやすい反面、やや大講義形式の授業が中心となるプログラムとなっている。その一方で、メンターシッププログラムという制度を設けており、教育学大学院の全生徒に対して一人ずつ担当メンター(多くは教員)がつき、年間を通して隔週〜月1のペースにて、リサーチ方法や共同研究の提携先アレンジ、就職活動の相談まで幅広くサポートする体制を設けている。EdTech領域に関して言えば、UCLと同様にEducation Technologyを研究する専門のコースをMA Technology, Innovation, and Educationという名前で用意しており、Adaptive Learning: Investigations and Exercises(適応学習の調査と実践)、Entrepreneurship in the Educational Marketplace(教育市場における起業家精神)など、16のモジュールから構成されている。
第3位:Stanford University(米国)
大学紹介
1891年に創設された、サンフランシスコ南部パロアルト近郊に位置する、米国屈指の名門大学の一つ。シリコンバレー発祥の地とも言われており、西海岸近辺の企業との強固な関係をもつ。ビジネススクールの他、工学、生物学、自然科学の分野にも強く、全米で最高峰のレベルを誇る。卒業生には、米大統領など有名な政治家のみならず、Google創設者のラリーペイジ氏、PayPal創設者のピーターティール氏など、IT企業をはじめとする起業家が多いことでも有名。
教育学コースの概要
- 機関名:Stanford Graduate School of Education
- URL:hhttps://ed.stanford.edu/
- 開講コース例
- Stanford Teacher Education Program
- Learning Design and Technology
- International Comparative Education
- Individually designed by Education
- Policy, Organization, and Leadership Studies
大学での研究活動
ハーバード教育大学院でケネディスクール(公共政策大学院)との連携が密であるように、スタンフォード教育大学院ではMBA(経営学修士)との合同授業が盛んである。日本も含め、他の大学院と比較すると珍しい組み合わせなのではないだろうか。シリコンバレーの教育系スタートアップとの共同研究・プロトタイプの開発なども多く、卒業生の多くがベイエリアのスタートアップなり民間企業に就職する構図となっている。
スケジュールに関しては上述のUCL、ハーバードと同様、1年プログラムとなっているが、その学生の多くがMBAやコンピューターサイエンスなどのジョイントプログラム(2年をかけて、関連する2つの修士号を同時に取得することで、Double Degree/Majorとも呼ばれる)で入学している背景も相まり、結果的に2年間をかけて修士課程を過ごしているケースが多い。コースの規模はUCLと同様に少人数で、それぞれ30名前後で構成されており、ハーバード教育大学院と比べるとその違いは顕著と言える。
またEdTech領域に関して言えば、UCL、ハーバードと同様にLearning Design and Technologyというコース名でEdTech専門の研究コースを有している。特徴の一つとしては、上述のUCLと近しく、学生自身がEdTechに関する理論や課題などを習得した上で、実際にWebサービスなどのプロトタイプ開発も行なったりしている。単にアイデアの構想に止まらず、実際に実証実験を行うところまでを求める様は非常にスタンフォードらしいと言える。
考察
ここまで世界ランキング上位3大学の教育学部の内容について取り上げてきたが、その活動内容の多様さや日本における「教育学部」という単語から想起されるイメージとの差分に、やや驚かれた方も多いのではないだろうか。学生の研究において外部機関との連携やプロトタイプの作成までを求める実践的な研究活動を密に行なっているという事例の存在自体然り、設置されている学問分野についての馴染みの薄さも然りだろうが、Educational Leadershipなど、学問名を日本語に訳そうとしても適切な翻訳が見当たらないものであったり、日本の教育学部が設置しているコースとのつながりがイメージしづらいものもしばしば見られたのではないだろうか。
本研究所でメインテーマとして取り扱っているEdTech(Education-Technology)という領域に関して言えば、1980年代から「教育工学」という研究テーマとして日本の高等教育機関にも存在はしていたものの、それはあくまで「教育心理学」「教育社会学」「学校教育学」などの学問領域の枠組み内におけるトピックの一つ、に留まるものであったように思う。それが、独立する1つの専攻として、今回取り上げたように、海外の高等教育機関に設置されるようになったのは、民間そして国家の方針として教育領域にテクノロジーを活用するという動きが徐々に盛り上がりを見せ始めた、この5〜10年のことである。
ここから、我々はどういった示唆を導き出すべきだろうか。教育現場は日々変わり続けていて、それに伴い、今回取り上げたような大学でも、政府や民間企業と連携しての実践研究を通して様々なPDCAを回しながら、コース構成やその学びの内容自体に時代に即した変化を(もしくは即すべきでない分野はそのままの形として)顕著に起こし続けていることではないだろうか。一方、現状の日本の教育学部になかなかそうした変化が見られないのは寂しいことである。(EdTechに関して言えば、ここ数年で東京大学の学際情報学府や東京学芸大学、デジタルハリウッド大学においてEdTech領域の研究が本格的に開始されたが、全体としての動きはまだまだ小さい)
逆に言えば、教育領域それ自体を今後より促進していくにあたって、高等教育機関との協働を通して充実させてゆく余白はまだまだあるとも言えるのかもしれない。特に、EdTechという分野に関して言えば、日々、スタートアップや既存の大企業等のEdTech事業者が様々な新規サービス・プロダクトを開発しているが「テクノロジーが果たすべき役割の可能性と限界点」「テクノロジーの果たすべき役割と、人間の果たすべき役割の住み分け」というような、おそらくほぼ全てのEdTech事業者がぶつかっている問いに対して、民間や政府サイドでの議論だけでなく高等教育機関も含めた形での向き合う姿勢が、現在の日本において必要なピースの一つなのではないだろうか。
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