第6回 Adaptive Learningサービス5選

はじめに

今回は、EdTech領域における「アダプティブラーニング」というサービス形態のトレンドについて考察していきたい。そもそもアダプティブラーニングという言葉が何を意味しているかというと、アダプティブ(Adaptive)という単語自体は「適応性のある」という意で、生徒一人ひとりには異なる得意分野や苦手分野、習熟度、興味関心などがあり、それに適応した・最適な学習教材を届ける、というのがその定義である。近年、様々なテクノロジーの発展に伴い、その定義を高い精度をもって実現しようとしているのが、EdTech領域におけるアダプティブラーニングサービスだと言うことができるだろう。

従来の学習は、教員から多数の生徒に対し均一の学習教材を届けるのが一般的だが、アダプティブラーニングでは、一人ひとりに最適な学習教材を提供する。特に近年、AI(人工知能)などのテクノロジーの発展により、生徒たちの過去の膨大な学習データを分析し生徒ごとの学習傾向や学習姿勢を明らかにすることが可能となったことで、この10年弱の間、生徒一人ひとりに適した学習教材をレコメンドするサービスが、国内外のEdTech領域におけるトレンドの一つとなっている。

一般的に、アダプティブラーニングという言葉は、評論家の間ではポジティブな文脈をもって語られることが多いのではないだろうか。アダプティブラーニングの登場以前は、教員が、テスト結果などから生徒個々人の学習進捗分析を行い、放課後の補習や追試などの形で個別対応を実施していた。しかしこの方法だと、そもそも教員の負担が過度にかかってしまうという問題や、どこが苦手かという分析が教員各々の指導力に一任され効果に差が生まれる可能性が高いなどといった多くのイシューが存在していた。アダプティブラーニングの登場により、その属人性がテクノロジーの活用によって解消され、スケーラブルな個別最適化学習を実現できるようになると言えるのではないだろうか。

市場規模トレンド

まずアダプティブラーニングの市場規模におけるトレンドについて見ていきたい。HTF Market Intelligence Consulting社による、「GLOBAL ADAPTIVE LEARNING SOFTWARE MARKET SIZE, STATUS AND FORECAST 2019-2025」のレポートをもとに独自調査を加えた結果によると、2019年時点でUS$27B(約3000億円)とされている市場規模が、2025年にはUS$57B(約6000億円)まで拡大すると予測されている。(※ここでの「アダプティブラーニング」とは、幼児から社会人までの全ての年齢層を対象としたインターネット上のサービスを対象としている)

中でも市場規模が特に大きい上位5カ国は、2019年も2025年も変わらず米国、中国、英国、ドイツ、カナダの5カ国であるが、英国の順位が2位から3位に後退し、代わって中国が第2位にまで上昇している。また地域別に見ていくと、中南米や中東・アフリカの成長はやや低調だが、その他地域である北米・ヨーロッパ・アジアは一定の割合を保ったまま成長し、市場規模も大きく拡大していくことが示されている。さらにアジア地域に絞って見れば、中国・日本・インド・インドネシア・台湾のいずれの国でも2025年までの間で2倍以上の成長率が見込まれており、特に2019年〜2022年の伸び幅は大きく、加熱しているマーケットであることが見てとれる。

地域別のアダプティブラーニング市場規模推移予測

サービス紹介

世界のアダプティブラーニングサービスの中で、これまでの累計の資金調達額の多い会社順に5つを取り上げる。(出典:CB INSIGHT社、Crunch Base社)

Knewton

  • 2008年、米国にて創業。累計調達額はUS$182M。
  • アダプティブラーニングのパイオニア的存在で、問題を解くごとに学習履歴や習熟度などのデータを元にして受講者に適応した問題を提供する。
  • これまでの累計ユーザー数は世界で4000万人以上と発表している。
  • 日本を含む約20ヶ国で主に教育機関や企業向けにプラットフォームを提供する形(B2B)および米国の大学向けにコースウェアを提供する形(B2C) でサービスを展開している。日本では2016〜2017年にかけて、Z会、Classi社(ベネッセとソフトバンクによる合弁会社)、学研等とそれぞれ業務提携し日本展開を進めると発表した。
  • 2019年1月に創業者が退任、そして2019年5月末にKnewton社は米国の教育系出版社大手John Wiley&Sons社に売却された。(2020年1月30日:一部情報修正)

DreamBox Learning

  • 2006年、米国にて創業。累計調達額はUS$175M。
  • 7〜14歳までを対象とした「算数・数学」をゲーム・RPG形式で学ぶという学習体験提供に特化している。短期・長期目標を各自で設定し、それに合わせた課題を、正答状況や習熟度に応じてAIが解析して出題する、という学習フローとなっている。
  • 2018年時点で300万人の生徒と12万人の教員が利用していると発表。
  • 元々このサービスは米国の学区に導入されることを目指して作成され、2012年には米国内全ての中学・高校に対して無料のレッスントライアルのアカウントを配布するなど、主に教育機関向けにサービス提供を行なっている。

Squirrel AI Learning

  • 2014年、中国にて創業。累計調達額はUS$125M。
  • 主に小・中学生を対象に、AIベースのオンライン学習教材を活用した学習塾を運営する会社。直営・フランチャイズ合わせて既に1800以上の校舎を持っている(B2Cモデル及びB2B2Cモデル)。価格は年間約30万円ほど。
  • サービスは、実力把握の簡単なテストとその結果に応じて40万本の映像授業及び1000万問の練習問題の中から適切なコンテンツを推奨するというAIベースのプロダクトと、実際の教師やオペレーターによる追加課題の指示や質問対応、という2つの要素で構成されている。
  • 中国現地メディアでは「China’s Knewton」と呼ばれており、2019年時点で10万人の有料会員が利用していると発表。

Duolingo

  • 2011年、米国にて創業。累計調達額は約US$110M。
  • 英語を含む世界32言語に対応した語学学習サービスで、4技能(読む・書く・聞く・話す)に関する全ての練習問題をアプリ/Web上で完結できるようになっている。演習の正解不正解や習熟度に応じてAIによって最適化されたレベルの問題を解き続けることができる。
  • 累計ユーザー数は3億人以上と発表されている。

Hetao101

  • 2017年、中国にて創業。累計調達額はUS$67M。
  • 6〜12歳までの生徒を対象とした、プログラミングを学ぶためのサービス(B2Cモデル)。
  • コンピューターサイエンスにおける教育基準であるCSTA(Computer Science Teaching Association)に基づき、プログラミングスキルの習得やコンピューターサイエンスについての知識を学べるコンテンツを提供。習熟度に応じてカリキュラムが自動でアップデートされる。

考察

「苦手克服」「レコメンド」というワードは聞こえはいい。各種教育機関における教員の方々の業務の多忙さについてここでは詳しく触れないが、教員の業務負荷という課題への対策だけでなく、テクノロジーの価値の一つである「再現性のある」「正しい(ルールに則り、間違えない)分析」という意味でも、その特徴を大いに活かすことができる。まさに教育領域における特効薬のようにも見え、2010〜15年頃にはかなり多くのアダプティブラーニングサービスが世に発表された。しかし、当時ローンチされたサービスのうち、現在すでにクローズしてしまったものも数多くあり、アダプティブラーニングにも様々なサービスが存在するということを考慮しておきたい。

「今、この講義を勉強すれば良い」「何がわかるとそれがわかるようになるのか、がわかる」という機能やその効果自体には大いに賛同する。しかしながら、各生徒が何を目的に学習しているのかやどこにつまずいているのか、興味関心があるのか、そして、各教科や分野ごとの知識はどのような相関関係があるのか(「ナレッジマップ」「学習系統図」等ともいわれる)をどれだけ精緻に分析することができるのかなど、様々な観点をどのくらい丁寧に考慮して開発するかはサービスによって各種各様である。通常、アダプティブラーニング事業者はナレッジマップを作り、それをもとにしたレコメンドを行うことが多いが、このナレッジマップの扱い方について次の3つの観点からやや懐疑的な立場で論じたい。

まず、ナレッジマップの作成方法について、単に各教科における第一人者が分野ごとの知識の関連性をマッピングすれば良いという単純な話ではない。例えば、一口に「相関関係がある」といっても、それは各教科・各分野ごとの関連度合いの強さ・弱さが存在したりする。日本の数学教科で具体例を挙げる。中学生の範囲で「2次方程式」という分野があるが、この分野を理解するのに「平方根」や「2次方程式の因数分解」といった分野の理解が必要なので、これらをつないだナレッジマップが作成されることが多い。しかし、例えば以下の図のような問題はどうだろうか。確かに「2次方程式」の分野の問題なのだが、この問題を解くには上記2つの分野に加えて「立体の体積の求め方」の知識も必要となる。つまるところ、一口に「2次方程式」と言っても様々な形式の問題があり、以下のような問題が解けない際にナレッジマップでつながっている「平方根」や「2次方程式の因数分解」の単元の学習に遡れば解決するというものではないということだ。この問題につまずいている生徒が「立体の体積の求め方」を知らないが故につまずいているのだとしたら、当該知識を習得できるような教材をレコメンドするべきである。

2つ目は、ナレッジマップの扱い方に関するものだ。一般的にアダプティブラーニングというと、ナレッジマップに沿って分野の進行もしくは遡りのロジックが定められており、生徒がある分野の問題を間違えた・正解した場合、そのマップに則ってレコメンドがなされるサービスをイメージされる方が多いと思う。実際、そのようなサービスが数多くある。しかし必ずしも「ナレッジマップ=レコメンドのベクトル」が成り立つ訳ではなく、ナレッジマップの情報に加えて、生徒の目標や学習履歴、興味関心などの複数の条件をもとにレコメンドは行われるべきではないだろうか。例えば、数学において、学校で「代数」範囲と「幾何」範囲の両方の学習が必要な生徒がいたとする。ナレッジマップ上は代数範囲を学習するべきでも、現在生徒の興味関心が「幾何」範囲にあるような場合は、幾何分野の学習をレコメンドする場合もあって然るべきである。習得に必要な全体量をナレッジマップに沿って一つ一つやり切らせることは正論としては非常に正しいのだが、生徒の現実・現状に目を向けた時、そうした正論で生徒の学習の足かせとなることは避けなければならない。

最後に、アダプティブラーニングというサービスについて語られる時、その評価がレコメンドやアルコリズム自体のクオリティのみに焦点が当てられ、そこに掲載されているコンテンツ(教材)作成と同期をとることの重要性を語られていないことが多い点だ。上記1つ目として挙げた論点とも関連するが、各分野ごとにどのような問題を設置するかによって、その問題の特性を捕まえたナレッジマップの修正や、レコメンドの仕方のチューニングがその都度必要となる。しかしながら、過去登場したアダプティブラーニングサービスの多くが、コンテンツは自前で制作しておらず外部パートナーからコンテンツ提供を受けて掲載したものであったり、プラットフォームとして公開し、コンテンツは使い手の自由に委ねる、といったサービスであった。確かに、ナレッジマップが緻密に作り込まれ完全なものであるという理想論があったうえで、どんなコンテンツが掲載されていてもAIがその問題の特性を判別し、然るべきマッピングがなされる、と言い切ってしまえば、論理的には問題はないのかもしれない。しかしながら現実はそうではなく、上述の「2次方程式」と「立体の体積の求め方」の問題の関連性といった詳細な特性を正確に捉えようとするなら、アルゴリズムとコンテンツは両輪で手間をかけながら開発されていくべきである。「AI・人工知能という魔法によって、よくわからないけど多分うまく整理されるのだろう」というものではないのである。そうしたテクノロジーへの過度に盲目的な信頼とその実態との大きな乖離が、2013年前後に幾多のアダプティブラーニングが世に登場したものの、未だに既存の学習形態に代替する役割の存在に至っていない、その真なる原因なのではないかと考える。

ここまで、数多あるアダプティブラーニングサービスに対して感じていることを書いてきたが、とにかく「テクノロジー一辺倒に傾倒しているサービスは怪しい」ということに尽きるのかもしれない。ナレッジマップ然り、レコメンドの仕方然り、アルゴリズムとコンテンツの関連性然り、である。教科や分野が持つ特性を軽視することなく、地道に、絶ゆまぬ改善や修正を行い続けることこそが、アダプティブラーニングの本来的な価値を正しく機能させるアプローチであり、そうした体制を組織できている企業・スタートアップが、近年台頭しているアダプティブラーニング事業者のトレンドなのではないだろうか。

2020年1月28日